逢いに来てくだすったのではなかったんですか」
「なにを言いだすつもり? 秋川さんがいらっしゃるなんてこと、あたしが知っているわけはないでしょう」
「それもそうですね。ぼくは、なにを考えていたんだろう」
サト子は、ラウンジの隅へ愛一郎をひっぱって行って、長椅子のうえにおしつけた。
「きょう、暁子さん、たずねていらしたわ」
「あなたのところへ? どうして?」
「どうしてって、用があったからよ。これを、あなたに渡してくれとおっしゃって……」
サト子は、ビニールのネッカチーフに包んだ預りものを、愛一郎の手のなかにおしこんだ。
「これはなんでしょう」
「手紙らしいわ……ながいあいだ書きためた、うらみつらみの恋文、てなもんでしょう」
愛一郎は、うたれたように、はっと顔を伏せた。
「こんなことにならなければいいがと、おそれていました……あのひとに責められるのは、ぼくは辛いんです」
「勝手なことをいうのはよしなさい。暁子さんというひとに、あなたは悪いことをしたんだから、これを読んで、恥じるなり反省するなりするといいわ」
秋川が食堂から出てきて、ふたりが長椅子に掛けているのを見ると、
「あなたで
前へ
次へ
全278ページ中222ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング