、今日まで、つないでいてくれたんですけど、こんなものにたよっているのでは、みじめでやりきれないの。愛一郎さんだって、こんな暁子、好きじゃないでしょう」
いっこうに通じないことを、くりかえしくりかえし語っているうちに、気持が落着いたのか、曇りのない、さっきの澄みきった顔になって、
「迷うのは、やめました。やはり、渡していただくわ」
と、キッパリとした口調で言った。
「お預りします。いつ、お伺いできるかわからないけど、それで、よろしかったら」
「ひと月あとでも、半年のあとでも、ご都合のよろしいときに……」
ちょっと言葉を切って、
「これを、お渡しくださるとき、愛一郎さんがあたくしに会いに来てくだすったのでないことが、暁子に、よくわかったと言っていたって、ひと言、伝えていただきたいの」
と、調子の高い声で言った。
サト子は、はっとして暁子の顔を見返した。心にキザシかけた思いがあったが、それは、どういうことなのか、サト子自身にも、よくわからなかった。
旅への誘い
雨雲が垂れて、夕暮れのように暗くなった西銀座の狭い通りを、風速十五メートルの強風が、急行列車のような音をたてて吹
前へ
次へ
全278ページ中209ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング