ないわ……その話はべつにして、あなたが行きたいと言えば、秋川なら、よろこんでお金を出すでしょう……あなた、秋川をどう思っているの?」
「どうって、考えたこともないわ」
「本音《ほんね》なら、それがあなたの憂鬱の原因なのよ。見抜いたみたいなことを言うようだけど、あなたの神経衰弱《ノイローゼ》は、生活のなかに、大切なものが足りないせいなの。精神を高めて、生きて行く張りあいを感じさせる、希望といったようなものが……」
「よく、わからないけど……」
「欺《だま》されたと思って、恋愛をしてごらんなさい。憂鬱なんか、いっぺんに消しとんでしまうわ……手近なところで、秋川にうちこんでみたらどう? 秋川に金をだしてもらって、外国へでも行って来ると、むかしのような、元気なサト子さんになること、うけあいよ」
サト子は、精いっぱいにつとめていたが、我慢しきれなくなって、思いきり手強くはねつけた。
「いろいろとおっしゃってくださるのは、ありがたいんですけど、間もなく、お祖父さんが帰ってくるので、日本を離れるわけにはいかないのよ」
「水上さんが帰ってくるんだって?」
「飯島の叔母は、庭先へさえも寄せつけないでし
前へ
次へ
全278ページ中195ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング