は、青年の居るほうを顎でしゃくりながら、間をおかずに切りこんできた。
「それで、こちらの方は?」
 サト子は、鼻にかかった声で、はぐらかしにかかった。
「そんなことまで、言わなくっちゃ、いけないんですの?」
 警官は苦笑しながら、うなずいた。
「つまり、ボーイ・フレンドってわけですか」
 そうだと言えば、あとでむずかしいことになる。サト子は、あいまいに笑ってみせた。
 青年が、すらりと座から立った。
「水なら、ぼくが汲んできてあげましょう」
 口笛を吹きながら、勝手のほうへ行ったが、なかなか帰って来ない。
 そのうちに、中年の私服の額に、暗い稲妻のようなものが走った。
 はじまったと思うより早く、三人の警官は一斉に立ちあがって、木戸口から前庭のほうへ走りだした。
 まっさきに崖端《がけはな》へ行きついた警官が、海のほうを見ながら叫んだ。
「あんなところを泳いでいる」
「やァ、飛んだか」
 そんなことを言いながら、海につづく石段を、ひとかたまりになってドタドタと降りて行った。
 サト子は、つられて庭の端まで出てみた。
 むこうの海……砲台下の澗《ま》になったところを、苦しみながら、青年が
前へ 次へ
全278ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング