あなたも私も
久生十蘭

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)渚《なぎさ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)扇《おおぎ》ヶ|谷《やつ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「口+它」、第3水準1−14−88]
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  クラゲの海

 夏は終ったが、まだ秋ではない、その間ぐらいの季節……
 沖波が立ち、海はクラゲの花園になっている。渚《なぎさ》に犬がいる。子供がいる。漁師が大きな魚籃《ぎょらん》をかついで、波うちぎわを歩いている。
 秋波のうちかえす鎌倉の海は、房州あたりの鰯《いわし》くさい漁村の風景と、すこしもちがわない。
 飯島の端《はな》にある叔母の家の広縁からながめると、むこう、稲村ヶ崎の切通しの下までつづく長い渚には、暑い東京で、汗みずくになって働きながら夢想していたような、花やかなものは、なにひとつ残っていない。
 愛憎《あいそ》をつかして、サト子は、ぶつぶつひとりごとを言った。
「風景だけの風景って、なんて退屈なんだ
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