、日本のウラン鉱の標本がさかんにソヴエット方面へ流れているんだそうですね……ヤマさん、あなたあたりがシテになって、あれこれとなすっているんじゃ、ありません?」
「パーマーのメカケは、あたしひとりじゃないの。あたしは化繊のほうの係で、グラス・ファイバーやアセテートの売込みをしています。手代《クラーク》がわりというところよ。話ってものは、よく聞いてみないとわからないもんだわね」
あっさりと笑い流して、手套《マフ》をとりあげ、
「きょうは、これで失礼するわ……サト子さん、行きましょう」
と、椅子から立ちかけた。サト子は、解放された思いで、いそいそとベッドの端から腰をあげた。
曽根は、戸口にいる女たちに、すばやく眼くばせをしてから、
「まァ、待ってくださいよ。せっかく、こうしてやってきたんだから、せめて、話のカタだけでもつけてください」
カオルは、曽根の肩のあたりを見おろしながら、
「話って、なにやら籤のことなの」
「ええ、そのことなんです」
「サト子さんとしちゃ、そんな話、初耳でしょう。ぜんぜん、関係のないことだわ」
「そうは、いきませんわ……あたしどもは、水上さんという、たしかな保証があったればこそ、信用をして、なけなしのドルをはたいたので、たとえ、ごぞんじなくとも、関係がないじゃ、通らないはずだと思うんですけど」
「サト子さんは、仕事がなくて、そこにいる大矢というひとに養われていることは、あなたたちだって知っているでしょう。逆さに振ったって、サト子さんの財布からは、十円の真鍮玉ひとつころげだしはしないわ、お気の毒だけど」
「財布になくとも、水上さんの身体には、ステージにおしだせばすぐ金になる、人気というものがついているんだから」
「そんな下素《げす》なことをいうなら、あたしもいうわね……そこにいる大矢というひとが、サト子さんを養っていたというと、聞えがいいけど、サト子さんの部屋代と食費を、キチンキチンとウィルソンから取りあげていたんだって? あたしのほうには、そこまでの調べが届いているんです……サト子さん、あなた、こんなこと、知らなかったでしょう。恩にきせて、こんなところへとじこめておいて、そのあげく、どうするつもりだったのか、大矢というひとに聞いてごらんなさい」
シヅは、はっと眼を伏せて、立ちすくんだようになっていたが、居たたまらなくなったのか、どっと勝手の流し場へ駆けこんでしまった。
カオルは、落着きはらって、
「そのひとたちの喧嘩のこしらえってのが、あたしには、おかしくってしようがないのよ。八百長でしょう? 大矢ってひとは、あなたたちと一味だってことは、これで底が割れたんだから……ねえ、曽根さん、あたしにしたって、ここまでのことは、言うつもりはなかったの。あなたがつまらない絡みかたをするから……どう? もう、このへんでよしましょうよ」
カオルの言ったことが、通じたのか通じないのか、曽根は、それにおっかぶせるように、
「おシヅが、水上さんをどうとかしたって、それァ、こちらの知らないことですわ。あたしたちとしては、水上さんから、いくぶんの報償をいただければ、それでおさまると言っているんです」
「この数学は、微積分よりむずかしいわね……かりに、あなたたちの言い分をとおすとして、金もないのに、どうすれば報償ができるのかしら。おしえていただきたいわ」
「アメリカのビニロン会社で、新しい製品の宣伝をするので、水上さんを、ぜひモデルにって言っているんです。長い契約にして、思いきりギャラを出すそうですから、それで、あたしどものほうの報償のいくぶんを……」
カオルは、だしぬけに、ほほほと笑った。
「そういう話のムキでは、この会談は長びきましょう……サト子さんには、扱いかねるでしょうから、あたしが代理になってご相談しましょうか……サト子さん、あなた、狐につままれたような顔でトホンとしているけど、あたしたち、なんの話をしているのか、わかっているの?」
と、からかうようにサト子にたずねた。サト子は正直にこたえた。
「聞いてもいなかったけど、なんの話だか、ちっともわからないのよ」
「相変らず、おっとりとしているわ。あなたに関係がないこともないんだけど、あたしが埓をあけてあげます。任してくださるわね」
サト子は、めんどうくさくなって、考えもせずに投げだしてしまった。
「さっきから、うんざりしているのよ。どうでも、いいように」
カオルは、曽根のほうへ向きかえて、
「お聞きのような次第ですから、サト子さんは、このイザコザから外《はず》していただきましょう……サト子さんの部屋へ行って、五分ばかり話して、すぐ戻ってきます。おだやかな話しあいになるとはかぎらないから、喧嘩の用意でもなんでもして、待っていて……サト子さん、いらっしゃい」
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