きから、飛びだすかもしれないから、気をつけろ」
「オッケー」
 こちらの警官は、機械的に拳銃のある腰のあたりへ手をやった。
「お邪魔します」
 また一人やってきた。
 玄関のわき枝折戸《しおりど》を開けてはいってくると、いきなり庭の端まで行って、下の海を見おろした。
 前庭の端は二十尺ほどの崖になり、石段で庭からすぐ海へおりられるようになっている。
 サト子は、広縁の籐椅子から声をかけた。
「そんなほうにも、空巣がいるんですか」
 人のよさそうな中年の私服は、こちらへ顔をむけかえると、底意のある目つきで、青年のほうをジロジロながめながら、
「コソ泥が、このへんから海へ飛びこんで逃げたことがあります……むこうの和賀江の岬の鼻をまわって、小坪へあがるつもりだったらしいが、泳ぎ切れずに、溺れて死にました」
 言いまわしのなかに、なにかを嚊ぎつけたひとの、うさんくさい調子があった。
「えらい騒ぎね。いったい、なにを盗んだんです?」
「この春から、もう二十回ぐらい、このへんの家を荒しまわっているやつなんで、けっして、はいったところから出て来ない。このへんは、垣根ひとつで庭つづきみたいになっているので、あっちからこっちと、垣根を越えて、とんでもないほうへ抜けて行くもんだから……」
「おうかがいしますが、このへんへ飛びこんでくると、やはり拳銃で撃つんですか」
「あくまで逃げようとすれば、撃つこともあります」
「そんな騒ぎをするなら、よそでやっていただきたいわ。すみませんけど、むこうのひとたちに、そう言ってください」
「ごもっともです。そう言いましょう」
「それは、どんなひとなの?」
「チンピラです。灰色のポロ・シャツを着ていたというんですが……」
 サト子は、むこうの縁端に畏っている青年のほうを、指でさした。
「灰色のポロ・シャツを着たチンピラなら、あそこにもひとりいるわ」
 庭先に立ったまま、私服は探るように青年の顔をながめていたが、
「いやァ」
 と笑い流し、西側の木戸から、みなのいる地境へ行くと、こちらへ尻目つかいをしながら、頭をよせあって、なにか相談しだした。
 空巣の青年は、追いつめられたけだもののような、あわれなようすになって、むこうの玄関につづく広廊のほうへ、うろうろと視線を走らせた。
 警官たちは感づいている。いま逃げだしたりしたら、遠慮なく撃たれるだろう。
 美
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