んなさい、ジュースでも飲みましょう」
濡縁に足跡をつけながら座敷にあがってくると、青年は縁端《えんはな》に近いところに畏《かしこま》ってすわった。
「あたし、水上サト子……あなた、なんておっしゃるの」
青年はシナをつくりながら、甘ったれた声でこたえた。
「ぼくの名なんか……」
「古風なことを言うわね。名前ぐらい、おっしゃいよ」
「でも……」
こういうハニカミは、育ちのいいひとがよくやる。病気のせいも、あるのかもしれない。
サト子は、それで見なおした気になり、美しすぎる顔も、さっきほどには嫌《いや》でなくなった。
「ジュースは、オレンジ? それとも、グレープ?」
「どちらでも」
冷蔵庫のあるほうへ立ちかけたとき、玄関の玉砂利を踏んでくる靴の音がきこえた。
「しようがねえな、玄関を開けっぱなしにして……」
そんなことを言っている。
中腰になって聞き耳を立てていると、玄関の客は癇癪《かんしゃく》をおこしたような声で呼んだ。
「由良さん……由良さん……どなたも、いらっしゃらないんですか」
サト子は、座敷から怒鳴りかえした。
「居りますよッ……聞えていますから、そんな大きな声をださないでください」
青年はモジモジしながら、腰をあげかけた。
「お客さまですね? ぼく失礼します」
「押売りでしょう、たぶん」
「もし、お客さまでしたら、朝から、ずっとここにいたと、言ってくださいませんか」
「一年も前から、ここにいたと、言ってあげるわ」
サト子が玄関へ出てみると、近くの派出所で見かける警官が、意気ごんだ顔でタタキに立っていた。
「こりゃ、失礼しました。お留守だと思ったもんだから……むこうの山側の久慈さんの家へ、空巣《あきす》がはいりましてね。光明寺のほうへは出なかったから、このへんにモグリこんでいるんだろうと思うんです。お庭へはいって見ても、よろしいでしょうか」
「かまいませんとも……むこうの木戸から」
「ちょっと、失礼します」
警官は西側の木戸をあけると、地境の垣根のほうへ駆けて行った。
隣りの地内の奥まったあたりで、竹藪《たけやぶ》の薙《な》ぎたてるような音がしていたが、そのうちに、よく通る声で、だれかがこちらへ呼びかけた。
「おうい、中原……」
垣根の裾《すそ》にしゃがんでいた警官は、緊張したようすでツイと立ちあがった。
「ここにいる」
「そこの藪つづ
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