をとっているが、神奈川県はどうなっているのか? 無許可営業で叱られるのかもしれない。
 サト子は、した手に出た。
「このあいだは、たいへんでしたね」
「新聞を見なかったかい? 空巣は、きのうの夕方、つかまったよ……野郎、また、あの辺の家へ入りやがったんだが、それが運のつきさ」
「空巣って、どの空巣?」
「春から、あのへんを荒していたやつだ」
「このあいだのひとじゃなかったのね」
「ホンモノのほうだ」
 中村も述懐していたが、あの青年は、やはり空巣ではなかったらしい。気持はいよいよ萎《しお》れてきて、こんなところに立っている気にもなれない。美術館のティ・ルームで息をつこうと、ひかれるようにそちらへ歩きだした。
「おい、君、君……」
 警官があとを追ってきた。
「どこへ行く?」
 どこまででもついてきそうなので、気味が悪くなって、サト子は池のみぎわで足をとめた。
 届出をしなかったのは手落ちだが、観光地の点景モデルといっても、アルバイトにすぎない。話せばわかる。
「美術館のティ・ルームで、お茶を飲もうと思って……ごいっしょに、といいたいところだけど、お誘いしちゃ悪いわね」
「美術館のティ・ルームだァ? ショバが広くて結構だよ……飯島あたりに巣をつくっているが、君は百合《ゆり》のひとなんだろう?」
 経験と技量によって、ファッション・モデルは、やさしい花の名で四つのクラスに分けられている。一流クラスは蝶蘭《ちょうらん》、二流クラスはガルディニア、三流クラスは菫《すみれ》、それ以下は百合……
 サト子は三流クラス以下だから、百合組といわれることには異存はない。
「ええ、百合組よ、新人ですの」
「百合組のひとなら、ラインだけは守ってもらいたいね」
「ラインって、なんのことでしょう?」
「ラインといっても、いろいろだ。マッカーサー・ライン、李《り》ライン、赤線に青線……市には市警の面子《メンツ》というものがある。こんなところで、大きな顔でショバをとられちゃ、見すごしにしているわけには、いかんからね」
 警官は、参道でウロウロしているショウバイニンの女たちのほうを顎でしゃくった。
「あいつらにも、言っておいたが、つぎの下りで、いっしょに横須賀へ帰れよ」
 横須賀に、『白百合』というショウバイニンの団体があるそうだ。それとまちがえられているらしい。ユーウツだが、腹をたてるわけにもい
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