ト子は、参道をブラブラしながら、外国人の観光客のカメラの使いかたを観察し、風景だけの風景よりも、日本人のはいった風景のほうを好むということを発見した。
 おなじ観光都市の鳥羽《とば》では、点景になる海女《あま》のモデル料は、五百円だと聞いている。サト子は、わが身の貫禄を考えあわせて、一時間、三百円ときめた。
 カメラを持ったお上りさんの青年たちは、モデルをつかって写真を撮《と》っている外国人を、ふしぎそうに見ているが、まもなく了解して、じぶんたちもやりだす。
 どんな仕事にもコツがあるように、このアルバイトにもコツがある。お嬢さんのような顔ですましていては、たれも寄りつかない。
 客引と、モデルのふた役という厚顔《あつかま》しいことを、勇気をだしてやってのけなくてはならない。
「神池の背景で、一枚、お撮りになりません?」
 反り橋の袂《たもと》と神楽殿《かぐらでん》の前で、思わせぶりなポーズをしながら行きつ戻りつしていたが、三時近くまで、いちども声がかからない。ポーズをして、立ってさえいれば、察しのいい白っぽい顔のひとたちが、
「おねがい、できますか」
 と相手になってくれるのだが、きょうのカモどもは、そばまできてサト子の顔をみると、そのまま、すうっとむこうへ泳いで行ってしまう。これでも困ると思うのだが、なぜか、
「お撮りに、なりません?」
 と誘いかける気になれない。
 あの青年を殺したのは、お前なんだぞ……耳のそばで、そういう声がきこえる。死体があがらないといった、けさのひと言が重石《おもし》になり、そうして立っていても、ぼんやりと青年の追憶にふけっている瞬間がある。
 きょうの顔は、アルバイトに適さないのだとみえる。愁《うれ》いの出た顔など、観光地の点景モデルには、およそ不向きな顔だ。
「髪型のせいも、あるんだわ」
 きのうまでは、頭のうしろに馬の尻尾《しっぽ》のようなものをブラさげ、十六七の娘のような見せかけをしていたので、相手のツケこむすきがあったが、おとなの髪型になり、暗ぼったいウールのアプレミディなどを着こんでいるので、良家の若奥さまが、人目を忍ぶ「待合せ」でもしているのだと思うらしく、良識のあるカモどもは、見ないようにして行ってしまうのらしい。
「いよう」
 と声がかかった。
 あの日、サト子と言いあいをした、若いほうの警官だった。
 東京都では許可
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