う」
「それを言ったら、留守番なんかしてくれないでしょ。そこは掛引よ。それで、久慈さんのお宅、なにか盗《と》られたの」
「なにも、盗られなかったふうよ。久慈さんのお宅って、どのへん?」
「知っているでしょう? いぜん、神月《こうづき》の別荘だった家」
「ああ、そう……神月さん、あの家を売って、東京へ越したんでしたわね」
「それを買ったのは帝銀の沢村さんで、そのあとが、いまの久慈さん」
「神月さんの代には、夏のあいだ、女のひとが大ぜい出入りして、にぎやかな家だったわ」
叔母は、気のない調子で、つぶやいた。
「神月ってのは、手もとに、いつも女をひきつけておかないと、落着けないという男だった……家のつくりにしてからが、そうなの。女たちが忍んで来れるように、みょうなところへ木戸をつけたりして……あれじゃ、空巣だって、はいるだろうさ」
叔母は、なにか考えているふうだったが、だしぬけにたずねた。
「あなた、いま、どんな生活をしている?」
他人のことには、いっさい無関心な叔母が、こんなことを言いだすのは、あやしい。
「あたしに、生活なんてもの、ないみたい……一日一日が、ぼんやりと過ぎていくだけ」
「なんとかモデルって仕事、月にどれくらい収入がある?」
「ショウですと、ワン・ステージ八百円、一枚、着換えるごとに、二百円。写真のほうは、ポスターが……」
叔母は、めんどうくさそうに手を振った。
「そんな、こまかいことを聞いたって、あたしにはわからない。結局、どうなのよ」
「七、八、九と、三カ月は完全にお休みだし、あたしたちのクラスは、いい月で八千円、わるくすると、千円にもならない月があるの……若い女がダブついているのがいけないのよ」
「ちょっと、うかがうけど、それは、仕事なの? 遊びなの?」
賢夫人だけあって、こういうやりとりになると、ひとのいちばん痛いところを突いてくる。どっちだろうと、サト子が、考えているうちに、間をおかずに、叔母が、おっかぶせた。
「そんなもの、やめちゃいなさい。はやく、お嫁に行くサンダンでもするほうがいいわ……手紙でいってやった、山岸さんの話は、どうなの?」
山岸芳夫というのは、子供のころ、ここの澗で泳いだ「お別荘組」のひとりだった。春ごろ、日比谷の近くで会ったが、あのときの泣虫の子供が、ひとかどのおとなになって、口髭《くちひげ》をはやしているのには
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