らいのことで、そんなに力を落すことはないでしょう。水上さんが帰っていらっしゃらないから、こっちから会いに行く、というような気にはなれないの?……さっきお話ししたファッション・ショウは、シスコを経由するはずだけど、旅客機でなら、シアトルまで、わずかの時間で行けるのよ。並木通りの『アラミス』というレストラン、ごぞんじ? モデル・クラブの事務所の近く……」
「ええ、知っているわ」
「二時ぐらいに、そこでプロデューサーに会って、いろいろ聞いてごらんになるといいわ」
「プロデューサー、なんという方なの」

「おぼえていらっしゃるでしょ。飯島に別荘をもっていた神月伊佐吉……」
 サト子は、われともなく筒ぬけた声をだした。
「あの神月さん?」
 あの夜、扇ヶ谷の谷戸の上で、カオルは山岸の子でなく、神月の子だという深刻な告白をきいて、ひとごとながら強いショックを受けた。そのときのおどろきが、まざまざと心によみがえってきた。
 カオルと芳夫ぐらい、似たところのない姉弟もないものだと、そう思い思いしたが、疑問をおこすだけのことは、たしかにあったのだ。そういう思いで、それとなくカオルの横顔をうかがっていると、カオルは、瞼をおしあげて、マジマジとサト子の顔を見かえした。
「どうして、そんな顔をなさるの?」
 サト子は、あわてて、
「思いがけない名を聞いたもんだから」
 と言いまぎらしたが、カオルに顔を見つめられているうちに、うしろめたい思いで、ひとりでに顔が赤くなった。
 よく頭の回るカオルのことだから、ソロソロ疑いかけているのかもしれない。もういちど強くつっこまれたら、あの夜、愛一郎とカオルの話を聞いてしまったことを、白状するほかはない。サト子のあわれなタマシイは、尻尾《しっぽ》を巻いて逃げだしにかかった。
「人間ばなれがしたようなあの顔、いまでも忘れないわ……子供のとき、あたしも神月さんを好きだったのかもしれないわね」
 カオルは機嫌をなおして、
「ずいぶん年をとったけど、美しいことは、いまでも美しいわ……でも、神月の美しさって、空虚な美しさよ。白痴美といったようなもんだわ」
 腕時計に目をやりながら、
「ともかく、あなた、お出かけなさいよ……あたしは、喧嘩の仕上げをしてくるから」
 カオルが出て行くと、サト子は、レーンコートをとって腕を通したが、そのまま、また椅子に腰をおろした。
 
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