大矢シヅが、流し場で泣いている。なにか言ってやりたかったが、マゴマゴしているうちに、カオルに廊下へおしだされてしまった。

  さまざまな意匠

 サト子の部屋へ行くと、カオルは手套《マフ》をベッドのうえになげだして、グッタリと向きあう椅子にかけた。
「頭の悪い連中の相手になっていると、芯が疲れるわ」
 サト子は、調子をあわせるように、曖昧にうなずいてみせた。
「なかなか、たいしたもんだったわ」
 カオルは、だるそうにテーブルに肱をつきながら、
「ひとごとみたいに言うわね。あなたのお祖父さんの財産の問題なのよ」
 と、つきはなすように言った。
 サト子が知っているかぎりでは、お祖父さんの財産といえば、いま叔母が住んでいる鎌倉の別荘と、恵那の谷の奥にある、先祖伝来のわずかばかりの土地だけだ。
「飯島の家はともかく、恵那にある土地ってのは、付知川べりのひどい荒地で、水の涸《か》れた磧《かわら》のつづきに、河原|撫子《なでしこ》が咲いている写真を見たことがあったわ。あんなもの、財産なんていうのかしら」
 カオルは、いっこうに気のないようすで、
「このごろ、東北や九州でウラニウムが出て、そのへんの土が、一匁いくらとかで売れるって騒いでるでしょう。苗木の村の、なんとかいう地主が、羨《うらや》ましい羨ましいで頭が変になって、じぶんの土地からウラニウムが出たなんて触れて歩いたのが、こんどの騒ぎのモトらしいわ……これだけ言ったら、おおよその察しがつくでしょう。バカな話なのよ」
 カオルの言い回しのなかに、説明するより、話を外らして、ウヤムヤにしてしまおうといった語気が感じられた。
 含んだような言いかたをしたり、話を外らしたりして、ものごとをはっきりさせないのがカオルの癖だから、そうだというなら、うなずいておくしかない。サト子としては、ウラニウムなんかの話より、じぶんのことにしか興味を持ちえない、我儘なカオルが、なんのために、こうまで熱烈に庇いたてするのか。むしろ、そのほうが聞いてみたいくらいだったけれども、どうせ、まともな返事をするはずがないと思って、あきらめた。
「ウラニウムって、どんなものか知らないけど、あの抜け目のない叔母が、そんな他愛《たあい》のない話に乗るでしょうか」
「あなたの叔母さまって、あれで、相当に山っ気あるのね。そんな話を、まるまる信じたわけでもないのでしょう
前へ 次へ
全139ページ中95ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング