の流し場へ駆けこんでしまった。
カオルは、落着きはらって、
「そのひとたちの喧嘩のこしらえってのが、あたしには、おかしくってしようがないのよ。八百長でしょう? 大矢ってひとは、あなたたちと一味だってことは、これで底が割れたんだから……ねえ、曽根さん、あたしにしたって、ここまでのことは、言うつもりはなかったの。あなたがつまらない絡みかたをするから……どう? もう、このへんでよしましょうよ」
カオルの言ったことが、通じたのか通じないのか、曽根は、それにおっかぶせるように、
「おシヅが、水上さんをどうとかしたって、それァ、こちらの知らないことですわ。あたしたちとしては、水上さんから、いくぶんの報償をいただければ、それでおさまると言っているんです」
「この数学は、微積分よりむずかしいわね……かりに、あなたたちの言い分をとおすとして、金もないのに、どうすれば報償ができるのかしら。おしえていただきたいわ」
「アメリカのビニロン会社で、新しい製品の宣伝をするので、水上さんを、ぜひモデルにって言っているんです。長い契約にして、思いきりギャラを出すそうですから、それで、あたしどものほうの報償のいくぶんを……」
カオルは、だしぬけに、ほほほと笑った。
「そういう話のムキでは、この会談は長びきましょう……サト子さんには、扱いかねるでしょうから、あたしが代理になってご相談しましょうか……サト子さん、あなた、狐につままれたような顔でトホンとしているけど、あたしたち、なんの話をしているのか、わかっているの?」
と、からかうようにサト子にたずねた。サト子は正直にこたえた。
「聞いてもいなかったけど、なんの話だか、ちっともわからないのよ」
「相変らず、おっとりとしているわ。あなたに関係がないこともないんだけど、あたしが埓をあけてあげます。任してくださるわね」
サト子は、めんどうくさくなって、考えもせずに投げだしてしまった。
「さっきから、うんざりしているのよ。どうでも、いいように」
カオルは、曽根のほうへ向きかえて、
「お聞きのような次第ですから、サト子さんは、このイザコザから外《はず》していただきましょう……サト子さんの部屋へ行って、五分ばかり話して、すぐ戻ってきます。おだやかな話しあいになるとはかぎらないから、喧嘩の用意でもなんでもして、待っていて……サト子さん、いらっしゃい」
前へ
次へ
全139ページ中94ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング