ドル五十セントになって返ってくるというんです……水上さんの話は、シスコあたりの新聞にも、大きく出たそうですし、たかが一ドルのことだし、それに、軍票弗《ピンク》で買うと、五割の利子がついて、本国弗《グリーン》になって返ってくるというところが魅力なんで、大勢のなかには、五年がかりで貯めこんだ更生資金を、そっくりつぎこんだ、なんてのもいるんです」
 コートのかくしから、小さく折りたたんだ二ページの邦字新聞をとりだして、
「これは、汎《パン》アメリカン航空のスチュワーデスが持って帰った『シアトル日報』ですが、こんな記事を見ると、やはり不安になって……」
 サト子に渡しかけると、カオルは、二人の間に割りこんで、
「そんなものを、ひけらかしたって、どうにもなりはしなくってよ」
 と言いながら、曽根の手にある新聞を、払うようにおしかえした。
「曽根さん、あなた、なにか見当ちがいしているようだけど、こんどのことについては、サト子さんは、なにも知らない……というより、まるっきり、なにも知らされていないんだから、そんなものを見せたって、途方に暮れるだけのことだわ」
 曽根は手に新聞を持ったまま、怒りをひそめた白っぽい顔になって、
「あたしなどは、どうせ、学も知恵もない女だから、こんな考えかたをするんでしょうが、この問題のご当人は、ヤマさん、あなたじゃなくて、そこにいらっしゃる水上さんだと思うんだけど」
 カオルは、首をかしげて、
「わからない……あなたのおっしゃりたいのは、どういうことなの?」
「気にさわったら、おわびしますが、正直なところ、あなたからお話を伺っても、しようがないように思うんです」
 カオルは豹の皮の手套《マフ》のポケットからシガーレット・ケースをだして、煙草に火をつけながら、
「あたしの言いかたが、足りなかったのかしら。こんな赤ん坊みたいなひとに、むずかしいことを言いかけてみたって、あなたがたの気のすむような返事はできなかろうということを、言ったつもりなんだけど」
 曽根は、張りあうように煙草に火をつけ、しっかりと腰をすえたかまえになって、
「あたしどもには、そのへんのところが、よくわかりかねるんですがねえ……何億という財産が、どうにかなるというのに、ご当人が、ぜんぜん知らないというのは、どういうことなんでしょう? 講談なんかに、ありますわね。お家騒動とか、お家乗っ取
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