であります。
 それなら仏教の方は教えているかといえば教えていない。小学校の教科書にはたくさんの伝記はあります。武士とか文人とかの伝記はありますが、仏教者の伝記は弘法大師と伝教大師とあった、が数年前には弘法大師だけにして、伝教大師を除いたのです。私共はその時文部省にその理由を質した。なお多く入るべきであるのにどうしてこれを削ったかと尋ねると、理由はない、二人だからあまり多いとはいえない、で教案の方に残すから、今除けたばかりに責められて載せるとなると困るから、教師が教える時には教えるように教案の方には残すから勘弁せよということであった。
 日本の教育ではかく殆ど無視している。西洋人は却って大乗仏教と仏教美術には相当に頭を下げるのでありますから、続々研究のために来るのであります。その研究も昔とは違ってきた、前は一応の説明を与えてやれば満足して帰って行く、そしてその十分の一くらい旅行記の端に書けば満足している。しかし今頃来る人は全く相違している。天台を研究する人は叡山に登らなければ承知しない。真言を研究する人は高野山に登り、灌頂を受けなければ承知しない。西洋にも何千人という会員を持った協会も
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