思汗の勢力であります。
それでありますからロシアの貴族の中にはわれわれと同じような顔をした人がたくさんおったのであります。それはその時の地方を治めた蒙古の可汗の後裔が伯子男爵となっておったのであった、そういうふうに世界を風靡したのであります。インドへも[#「インドへも」は底本では「イドンへも」]その勢力の及んだのは当然でありますが、それが相当永い間ではありましたが、政治的の勢力のみであってシナの文化はインドには殆ど及んでいない。また蒙古は文化として見るべきものは残っていない。それでシナの方から行く文明の勢力は雪山で妨げたということが出来るのであります。
ところがシナの文化の輸入を防ぐほどの大なる障壁であるならば、インドの文化の輸出を防ぐ障壁であったかと申すとそうではない。この大雪山があるに拘らずインド文明の勢力というものは非常な勢をもってシナ、蒙古は無論のこと、満洲、朝鮮、日本、安南、南洋一切を征服したのであります。ちょうどそのありさまはこう雪山が長く拡がっているとしますと、山の両方から長い手を出し拡げてシナで両手を結び付けたというような形になりますので、左の手は北に出て、或いはヒ
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