り、しかも西洋人からそんなに焚付けられると、私には再考の暇もなくなって「出版する」と言った。すると「何時やるか」「何時やるかと云ってもこれから準備をして掛るから」というので、まず一番初めの賛成者にサー・チャールス・エリオットを入れた訳であります。
その頃、日獨文化協会を作るというので、ゾルフ大使はどうしても西洋と日本との連絡は大乗仏教に依らなければならぬから、それが出来ない以上はどうしても真実の親密というものは出来ないから、そのために日獨文化協会を興すということであった。その時この一切経の話を聞いて、サー・チャールス・エリオットから聞いたらしい。私が訪ねて行った時に日獨文化協会のことは話さず、一切経のことを話した。ゾルフも梵語学者でありまして、梵語の教授になる積りだったらしいのでありますが、そういう訳で興味も深い。「どうしてもやらなければならぬ、西洋人が安心して読めるような、出来得るだけの対校もしてあって、しかもその対校が行き届いておって学術的に値うちのあるような一切経を作らなければならぬ、それを作るのにはお前が一番適任者だ」というふうに、二人から盛んに焚付けられて、そのためにゾルフ氏もまず賛成者として始めたのであります。不規則の始めようでありましたからどうかと思っていましたが、無事に五十五巻を即ち第一期を出したということは私自身夢のようであります。一文なしで、しかも拵え始めるとすぐその年に震災に遭うて、そして払い込んで貰った予約金というものはみな焼棄ててしまった。とても仕方がない、止めてしまおうという艱難まで嘗めましたが、一文なしでこんなことが出来るとは思わなかったが、しかもその一文なしで百八十万円の仕事が出来るということを私が証拠立てたというので、稚気の誇りを感じているのであります。
いま十万ばかりの借財が残っておりますが、これはその全体の仕事に比べて見れば何でもない。それは二百部売れば償える。何時か売れるだろう、何時か売れたら返せばよい。向うから破産の申請のない限りは安心して進んでいる。それにいろいろの方面からのご厚意あるお助けもありまして、どうかこうか凌いで終りまでいくだろうと思っておりますが、いかない時には無理もない、一文無しでやったのだとお許しが願いたい。今度のを一緒にしたら二百五十万円ぐらいの仕事になるだろうと思います。一文なしで二百五十万の仕事をやったらそれは倒れるのがあたりまえで、倒れても当然とご批判を願いたいのであります。
しかし大刊行物たるに違いないので、これに索引が出来ますと、これはインドを見る鏡のようなもので、インドの研究はシナの一切経を研究しなければ分らぬというて差支えない。それを研究しなければ最後の断案を下すことが出来ないといってよい。思想方面は殊にそうである。インドの思想方面というものがヨーロッパの人の着目している所で、ヨーロッパの倫理も行き詰まり、宗教も行き詰まり、すべてに行き詰まって、それまで馬鹿にしておったインドの説を聴かなければならぬような時期になっている。インドに行って思想を研究しようと思うと、インドの山の中に入らなければならぬ。しかもインド人は西洋人の手では、一向要領を得ることが出来ないが、その思想の写真が一切経という大きなものになって、しかもそれが間違いのない遺憾のないという点まで押し付けての研究が出来る。まず自分で手に握ることの出来るものでインドを研究する。前は歴史的のまた地理的のことはシナの法顕三蔵、玄奘三蔵、義浄三蔵の書いたものによってインドの研究を始めたのでありますが、今度細かい内容の思想までも知ろうとするにはどうしても一切経に依らなければならぬ。それで北京に於てはバロン・ステール・ホルンスタインがアメリカと連絡をとって研究所を建ててやっておりますが、大きな研究会を作って、ボストンとハーバードと北京とで連絡をとってやっておりますが、どうしても日本を棄てる訳にいかない。というのはこれだけの材料が日本にあり、この材料を読みこなすことはどうしても西洋人には出来ない。どうしてもこれを研究いたしますのには西蔵語を知らなければならぬ。サンスクリットを知らなければならぬ。漢文は自由に読めなければならぬ。また信仰的にも学術的にも相当仏教のことを知っておらなければならぬ。だからいくら賢明の西洋人でも一人ではやり遂げることは出来ない。一人仏教の分るものを北京に招致したいということであったので成田昌信君が行っております。材料だけは日本で整理してやりたいという考えでありますが、向うもなかなか放っておかない。
日仏会館ではフランスからレビー氏とか、フシエ氏とか、マスベロ氏というような学者が来て相助けて日仏仏教辞書の編纂中であります。日本の仏教辞書をフランス語に訳して日仏仏教辞典法宝義林をいま
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