經と題し、雜誌宗教界に載せたり、爾來二十有三年後の今日岩波書店主の慫慂に因り、前稿を修正し、注解を益し、一書として再び公表しぬ。

   昭和十年四月[#地から2字上げ]荻原雲來
[#改丁]

    第一 雙敍の部

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二首づつ對比して述べてあるを以て雙敍と名づく。
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 一 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し穢れたる意を以て語り、又は働く時は其がために苦の彼に隨ふこと猶ほ車輪の此を牽くものに隨ふが如し。
 二 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し淨き意を以て語り、又は働く時は其がために樂の彼に隨ふこと影の(形を)離れざるが如し。
 三 彼れ我を罵り、我を打ち、我を破り、我を掠めたりと堅く執する人の怒は息むことなし。
 四 彼れ我を罵り、我を打ち、我を破り、我を掠めたりと堅く執せざる人の怒は止息に歸す。
 五 世の中に怨は怨にて息むべきやう無し。無怨にて息む、此の法易はることなし。
 六 然るに他の人々は、「我々は世の中に於て自制を要す」と悟らず、人若し斯く悟れば其がために爭は息む。
 七 生活に安逸を求め、感官を護らず、飮食度なく、懈怠怯弱なれば、魔は彼を伏す、猶ほ風の弱き樹に於けるが如し。

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感官を護らず―視、聽、嗅、味、觸の五欲を恣にすること。
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 八 生活に安逸を求めず、感官を護り、飮食度あり、信心あり、勇猛なれば、魔は彼を伏せず、猶ほ風の巍然たる山に於けるが如し。
 九 自ら濁穢《ぢよくゑ》を離れずして濁穢の衣を著んとするも、自制と眞實とを缺くときは彼は濁穢の衣に應ぜず。

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濁穢の衣―袈裟の翻名なり、又は不正色とも言ふ。
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 一〇 自ら濁穢を吐き、專ら善く諸の戒を念じ、自制と眞實とを具ふるときは彼は濁穢の衣に應ず。
 一一 不實を實と謂《おも》ひ又實を不實と見る人は、實を了解せずして邪思惟に住す。
 一二 實を實と知り不實を不實と知る人は、實を了解して正思惟に住す。
 一三 屋を葺くに粗なれば雨漏るが如く、心に修養なくんば、貪欲之を穿つ。
 一四 屋を葺くに密なれば雨漏らざるが如く、心善く修養すれば、貪欲之を穿たず。
 一五 現世に憂へ、死して後憂へ、罪を造れる人は兩處に憂ふ、彼れ憂へ、彼れ痛む、己の雜染の業を見て。
 一六 現世に喜こび、死して後喜こび、福を造れる人は兩處に喜ぶ、彼れ歡こび、彼れ喜こぶ、己の清淨の業を見て。
 一七 現世に惱み、死して後惱み、罪を造れる人は兩處に惱む、「我れ惡を造れり」と惟うて惱み、惡趣に墮ちて更に惱む。
 一八 現世に慶こび、死して後慶こび、福を造れる人は兩處に慶こぶ、「我れ福を造れり」と惟うて慶こび、善趣に生じて更に慶こぶ。
 一九 經文を誦むこと多しと雖も、此を行はざる放逸の人は、他人の牛を數ふる牧者の如く、宗教家の列に入らず。
 二〇 經文を誦むこと少なしと雖も、法を遵行し、貪瞋癡を棄て、知識正當に、心全く解脱し、此世他世ともに執著することなき、彼は宗教家の列に入る。
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    第二 不放逸の部

 二一 不放逸は不死に到り、放逸は死に到る、不放逸の者は死せず、放逸の者は死せるに同じ。
 二二 明かに此の理を知りて善く不放逸なる人々は不放逸を歡こび、聖者の境界を樂しむ。
 二三 彼等は靜慮し、堅忍し、常に勇猛に、聰慧にして無上安穩の涅槃を得。
 二四 奮勵し、熟慮し、淨き作業を勉め、自ら制し、如法に生活し、不放逸なれば、其人の稱譽は増長す。
 二五 奮勵により、不放逸により、制御により、又訓練により智者は暴流に漂蕩せられざる洲を作るべし。

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洲―避難處又は歸依處の義。
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 二六 愚なる凡夫は放逸に耽る、智者は不放逸を護ること猶ほ珍財を護るが如くす。
 二七 放逸に耽る勿れ、欲樂を習ふ勿れ、靜慮不放逸なる人は大なる樂を得。
 二八 不放逸により放逸を却けたる識者は智慧の閣に昇り、憂なく、憂ある人を觀る、山上に居る人が平地の人を(觀るが)如く、泰然として愚者を觀る。
 二九 逸放の中に在りて不放逸に、眠れる中に處して能く寤めたる賢人は駿馬の如く駑馬を後にして進む。
 三〇 摩掲梵は不放逸によりて諸神の主となるを得たり、人咸な不放逸を稱贊す、放逸は常に非難せらる。

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摩掲梵―寛仁の義にして因陀羅の一名。
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 三一 不放逸を樂しみ放逸を畏るゝ出家は行きつゝ粗細の結を燒く、猶ほ火の如し。

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行きつゝ―世に生活しつゝの義。
結―煩惱の異名。
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 三二
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