桷は折れたり、棟梁は毀れたり、心は造作すること無し、愛欲を盡し了る。
一五五 淨行を行ぜず、壯にして財を得ずんば魚なき池の中にて衰へたる鵝の(死する)如く死す。
一五六 淨行を行ぜず、壯にして財を得ずんば往事を追懷して臥す、敗箭の如し。
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    第十二 己身の部

一五七 人若し己を愛すれば須らく善く愼みて己を護れ、智者は三時の中一たびは自ら省みる所あるべし。
一五八 初めに自ら應爲に住すべし、而して後他人を誨へよ、(斯くする)智者は煩はざらん。
一五九 他に誨ゆる如く自ら剋修すべし、(自ら)善く調《をさ》めて而して後能く(他を)調む、己を調むるは實に難し。
一六〇 己を以て主とす、他に何ぞ主あらんや、己を善く調めぬれば能く得難き主を得。
一六一 自の造れる、自より生ぜる、自に因る罪は愚者を壞る、猶ほ金剛の寶石を(壞るが)如し。
一六二 人若し少しも戒を持たずんば、蔓の滋れる沙羅樹の如く、自ら敵の欲するまゝに擧動《ふるま》ふ。

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蔓の滋れる沙羅樹―多くの蔓草に纏はれたる沙羅樹は枯るゝが如く、人若し少しも戒を持たずんば己を亡ぼす、これ怨敵の欲樂する所なり。
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一六三 不善と己を益せざることは爲し易し、益し且善くある事は甚だ爲し難し。
一六四 尊き如法なる聖人の教を譏る愚人は惡見に據る、彼は劫※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]迦樹の如く果熟すれば己を亡ぼす。
一六五 自ら罪を造りて汚れ、自ら罪を造らずして自ら淨めり、淨不淨は己に屬す、他に由りて淨めらるゝことなし。

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汚れ―惡の果報を受くるを云ふ。
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一六六 他を利することは如何に重大なりとも、己を益することを廢《や》むべからず、己の本分を識りて恆に本分に專心なれ。
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    第十三 世俗の部

一六七 下劣の法を習ふべからず、放逸に住すべからず、邪見を習ふべからず、世俗を助長すべからず。
一六八 發起せよ、放逸なる勿れ、妙行の法を行ぜよ、如法の行者は快く寐ぬ、今世にも亦他(世)にも。
一六九 妙行の法を行ぜよ、惡行の法を行ずる勿れ、如法の行者は快く寐ぬ、今世にも亦他(世)にも。
一七〇 (世は)泡沫の如しと觀よ、(世は)陽炎の如しと觀よ、斯く世間を觀察する人を死王は見ることなし。
一七一 來れ、雜色の王車に等しき此の世間を見よ、愚者は此中に沈溺す、智者に執著あることなし。
一七二 人若し先に放逸なるも後に不放逸なれば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。
一七三 人若し先に惡業を作るも(後に)善を以て此を滅せば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。
一七四 此の世は黒暗なり、此の中にて能く見るもの稀なり、網を脱れて天に到る鳥の稀なるが如く。
一七五 鵝鳥は日の道を行く、(人は)通力によりて虚空を行く、賢人は魔と其軍衆とを亡ぼし世間を離る。

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鵝鳥―候鳥の一種と謂はる。
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一七六 一法を犯し、(且つ)妄語し、他世を信ぜざる人は惡として造らざるなし。
一七七 貪る人は天に往かず、愚者は決して施與を贊せず、賢人は施與を隨喜し、此に由つて他生に樂を受く。
一七八 地上を統治するよりも、また天に往くよりも、一切世界の王位よりも預流の果を勝れたりとす。

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預流の果―佛教に確信を得ること。
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    第十四 佛陀の部

一七九 已に自ら勝つて(他に)勝たれず、他人の達する能はざる勝利を得たる彼の(智見)無邊の佛陀を、如何なる道に由つて邪道に導かんとするや。
一八〇 誘惑し阻礙する愛の爲に導き去らるゝことなき、彼の(智見)無邊の佛陀を、如何なる道に由つて邪道に導かんとするや。
一八一 賢人は靜慮を專修し出家の寂靜を喜こぶ、諸神すら此の正等覺熟慮者を羨やむ。
一八二 人身を得ること難し、生れて壽あること難し、妙法を聞くこと難し、諸佛世に出ること難し。
一八三 諸の惡を作さず、善を奉行し、自心を淨む、是れ諸佛の教なり。
一八四 苦を忍受する忍は最勝の苦行なり、涅槃を第一とす、(是れ)諸佛の説なり、他を損ふ出家なく、他を惱ます沙門なし。
一八五 誹らず、害はず、言動を愼しみ、食するに量を知り、閑靜の處に坐臥し、專心に思惟す、是れ諸佛の教なり。
一八六 天金錢を雨すも欲は尚ほ飽くことなし、欲は味少なく苦なりと識る人は賢なり。
一八七 天上の欲樂に於ても悦びを得ず、愛盡を悦ぶものは正等覺者の弟子なり。
一八八 衆人怖に逼められて、多くの山、叢林、園苑、孤樹、靈廟に歸依す。
一八九 此の歸依は勝に非ず、此の歸依は尊に非ず、此の歸依に因つて能く諸の苦を
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