《あい》してゐた所《ところ》のマアシアは、此《こ》の節《せつ》は彼《かれ》が微笑《びせう》して頭《あたま》でも撫《な》でやうとすると、急《いそ》いで遁出《にげだ》す。郵便局長《いうびんきよくちやう》のミハイル、アウエリヤヌヰチは、彼《かれ》の所《ところ》に來《き》て、彼《かれ》の話《はなし》を聞《き》いてはゐるが、先《さき》のやうに其《そ》れは眞實《まつたく》ですとはもう云《い》はぬ。何《なん》となく心配《しんぱい》さうな顏《かほ》で、左樣々々《さやう/\》、々々《/\》、と、打濕《うちしめ》つて云《い》つてるかと思《おも》ふと、やれヴオツカを止《よ》せの、麥酒《ビール》を止《や》めろのと勸《すゝめ》初《はじ》める。又《また》醫員《いゐん》のハヾトフも時々《とき/″\》來《き》ては、何故《なにゆゑ》かアルコール分子《ぶんし》の入《はひ》つてゐる飮物《のみもの》を止《よ》せ。ブローミウム加里《かり》を服《の》めと勸《すゝ》めて行《ゆ》くので。
八|月《ぐわつ》にアンドレイ、エヒミチは市役所《しやくしよ》から、少《すこ》し相談《さうだん》が有《あ》るに由《よ》つて、出頭《しゆつとう》を願《ねが》ふと云《い》ふ招状《せうじやう》が有《あ》つた、で、定刻《ていこく》に市役所《しやくしよ》に行《い》つて見《み》ると、もう地方軍令部長《ちはうぐんれいぶちやう》を初《はじ》め、郡立學校視學官《ぐんりつがくかうしがくゝわん》市役所員《しやくしよゐん》、それにドクトル、ハヾトフ、又《また》も一人《ひとり》の見知《みし》らぬブロンヂンの男《をとこ》、ずらり[#「ずらり」に傍点]と並《なら》んで控《ひか》へてゐる。傍《そば》にゐた者《もの》は直《す》ぐに院長《ゐんちやう》に此《こ》の人間《にんげん》を紹介《せうかい》した、猶且《やはり》ドクトルで、何《なん》だとかと云《い》ふポーランドの云《い》ひ惡《にく》い名《な》、此《こ》の町《まち》から三十ヴエルスタ計《ばか》り隔《へだゝ》つてゐる、或《あ》る育馬所《いくばしよ》に居《ゐ》る者《もの》、今日《けふ》此《こ》の町《まち》を何《なに》かの用《よう》で些《ちよつ》と通掛《とほりかゝ》つたので、此《こ》の場所《ばしよ》へ立寄《たちよ》つたとのことで。
『えゝ只今《たゞいま》、足下《そくか》に御關係《ごくわんけい》の有《あ》る事柄《ことがら》で、申上《まをしあ》げたいと思《おも》ふのですが。』と、市役所員《しやくしよゐん》は居並《ゐなら》ぶ人々《ひと/″\》の挨拶《あいさつ》が濟《す》むと恁《か》う切《き》り出《だ》した。『あ、エウゲニイ、フエオドロヰチの有仰《おつしや》るには、本院《ほんゐん》の藥局《やくきよく》が狹隘《せまい》ので、之《これ》を別室《べつしつ》の一つに移轉《うつ》しては奈何《どう》かと云《い》ふのです。勿論《もちろん》是《これ》は雜作《ざふさ》も無《な》い事《こと》ですが、其《そ》れには別室《べつしつ》の修繕《しうぜん》を要《えう》すると云《い》ふ其事《そのこと》です。』
『左樣《さやう》、修繕《しうぜん》を致《いた》さなければならんでせう。』と、院長《ゐんちやう》は考《かんが》へながら云《い》ふ。『例《たと》へば隅《すみ》の別室《べつしつ》を藥局《やくきよく》に當《あ》てやうと云《い》ふには、私《わたくし》の考《かんがへ》では、極《ご》く少額《せうがく》に見積《みつも》つても五百|圓《ゑん》は入《い》りませう、然《しか》し餘《あま》り不生産的《ふせいさんてき》な費用《ひよう》です。』
皆《みな》は少時《すこし》默《もく》してゐる。院長《ゐんちやう》は靜《しづか》に又《また》續《つゞ》ける。
『私《わたくし》はもう十|年《ねん》も前《まへ》から、さう申上《まをしあ》げてゐたのですが、全體《ぜんたい》此《こ》の病院《びやうゐん》の設立《たて》られたのは、四十|年代《ねんだい》の頃《ころ》でしたが、其時分《そのじぶん》は今日《こんにち》のやうな資力《しりよく》では無《な》かつたもので。然《しか》し今日《こんにち》の所《ところ》では病院《びやうゐん》は、確《たしか》に市《し》の資力《ちから》以上《いじやう》の贅澤《ぜいたく》に爲《な》つてゐるので、餘計《よけい》な建物《たてもの》、餘計《よけい》な役《やく》などで隨分《ずゐぶん》費用《ひよう》も多《おほ》く費《つか》つてゐるのです。私《わたくし》の思《おも》ふには、是丈《これだけ》の錢《ぜに》を費《つか》ふのなら、遣《や》り方《かた》をさへ換《か》へれば、此《こゝ》に二つの模範的《もはんてき》の病院《びやうゐん》を維持《ゐぢ》する事《こと》が出來《でき》ると思《おも》ひます。』
『では一つ遣《や》り方《かた》を換《か》へて御覽《ごらん》になつたら如何《いかゞ》です。』
と、市役所員《しやくしよゐん》は活發《くわつぱつ》に云《い》ふ。
『私《わたくし》は前《さき》にも申上《まをしあげ》ました通《とほ》り、醫學上《いがくじやう》の事務《じむ》を地方自治體《ちはうじちたい》の方《はう》へ、お渡《わた》しになつては如何《どう》でせう?』
『地方自治《ちはうじち》に錢《ぜに》を渡《わた》したら、其《そ》れこそ彼等《かれら》は皆《みな》盜《ぬす》んで了《しま》ひませう。』と、ブロンヂンのドクトルは笑《わら》ひ出《だ》す。
『其《そ》りや極《きま》つてます。』と、市役所員《しやくしよゐん》も同意《どうい》して笑《わら》ふ。
院長《ゐんちやう》は茫然《ぼんやり》とブロンヂンのドクトルを見《み》たが。『然《しか》し公平《こうへい》に考《かんが》へなければなりません。』と云《い》ふた。
皆《みな》は又《また》少時《しばし》默《もく》して了《しま》ふ。其中《そのうち》に茶《ちや》が出《で》る。ドクトル、ハヾトフは皆《みな》との一|般《ぱん》の話《はなし》の中《うち》も、院長《ゐんちやう》の言《ことば》に注意《ちゆうい》をして聞《き》いてゐたが突然《だしぬけ》に。『アンドレイ、エヒミチ今日《けふ》は何日《なんにち》です?』其《それ》から續《つゞ》いて、ハヾトフとブロンヂンのドクトルとは下手《へた》なのを感《かん》じてゐる試驗官《しけんくわん》と云《い》つたやうな調子《てうし》で、今日《けふ》は何曜日《なにえうび》だとか、一|年《ねん》の中《うち》には何日《なんにち》有《あ》るとか、六|號室《がうしつ》には面白《おもしろ》い豫言者《よげんしや》がゐるさうなとかと、交々《かはる/″\》尋問《たづ》ねるので有《あ》つた。
院長《ゐんちやう》は終《をはり》の問《とひ》には赤面《せきめん》して。『いや、那《あれ》は病人《びやうにん》です、然《しか》し面白《おもしろ》い若者《わかもの》で。』と答《こた》へた。
もう誰《たれ》も何《なん》とも質問《しつもん》を爲《せ》ぬのである。
院長《ゐんちやう》は玄關《げんくわん》の間《ま》で外套《ぐわいたう》を着《き》、市役所《しやくしよ》の門《もん》を出《で》たが、是《これ》は自分《じぶん》の才能《さいのう》を試驗《しけん》する所《ところ》の委員會《ゐゐんくわい》で有《あ》つたと初《はじ》めて悟《さと》り、自分《じぶん》に懸《か》けられた質問《しつもん》を思《おも》ひ出《だ》し、一人《ひとり》自《みづか》ら赤面《せきめん》し、一|生《しやう》の中《うち》今《いま》初《はじ》めて、醫學《いがく》なるものを、つくづくと情無《なさけな》い者《もの》に感《かん》じたのである。
其晩《そのばん》、郵便局長《いうびんきよくちやう》のミハイル、アウエリヤヌヰチは彼《かれ》の所《ところ》に來《き》たが、挨拶《あいさつ》もせずに匆卒《いきなり》彼《かれ》の兩手《りやうて》を握《にぎ》つて、聲《こゑ》を顫《ふる》はして云《い》ふた。
『おゝ君《きみ》、ねえ、君《きみ》は僕《ぼく》の切《せつ》なる意中《いちゆう》を信《しん》じて、僕《ぼく》を親友《しんいう》と認《みと》めて呉《く》れる事《こと》を證《しよう》して下《くだ》さるでせうね……え、君《きみ》!』
彼《かれ》は院長《ゐんちやう》の云《い》はんとするのを遮《さへぎ》つて、何《なに》かそわ/\して續《つゞ》けて云《い》ふ。『私《わたし》は貴方《あなた》の教育《けういく》と、高尚《かうしやう》なる心《こゝろ》とを甚《はなは》だ敬愛《けいあい》して居《を》るです。何卒《どうぞ》君《きみ》、私《わたし》の云《い》ふことを聞《き》いて下《くだ》さい。醫學《いがく》の原則《げんそく》は、醫者等《いしやら》をして貴方《あなた》に實《じつ》を云《い》はしめたのです。然《しか》しながら私《わたし》は軍人風《ぐんじんふう》に眞向《まつかう》に切出《きりだ》します。貴方《あなた》に打明《うちあ》けて云《い》ひます、即《すなは》ち貴方《あなた》は病氣《びやうき》なのです。是《これ》はもう周圍《まはり》の者《もの》の疾《と》うより認《みと》めてゐる所《ところ》で、只今《たゞいま》もドクトル、エウゲニイ、フエオドロヰチが云《い》ふのには、貴方《あなた》の健康《けんかう》の爲《ため》には、須《すべから》く氣晴《きばらし》をして、保養《ほやう》を專《せん》一と爲《せ》んければならんと。是《これ》は實際《じつさい》です。所《ところ》が、丁度《ちやうど》私《わたし》も此《こ》の節《せつ》、暇《ひま》を貰《もら》つて、異《かは》つた空氣《くうき》を吸《す》ひに出掛《でか》けやうと思《おも》つてゐる矢先《やさき》、如何《どう》でせう、一|所《しよ》に付合《つきあ》つては下《くだ》さらんか、而《さう》して舊事《ふるいこと》を皆《みな》忘《わす》れて了《しま》ひませうぢや有《あ》りませんか。』
『然《しか》し私《わたし》は少《すこ》しも身體《からだ》に異状《いじやう》は無《な》いです、壯健《さうけん》です。無暗《むやみ》に出掛《でか》ける事《こと》は出來《でき》ません、何卒《どうぞ》私《わたし》の友情《いうじやう》を他《た》の事《こと》で何《なん》とか證《しよう》させて下《くだ》さい。』
アンドレイ、エヒミチは初《はじめ》の一|分時《ぷんじ》は、何《なん》の意味《いみ》もなく書物《しよもつ》と離《はな》れ、ダリユシカと麥酒《ビール》とに別《わか》れて、二十|年來《ねんらい》定《さだ》まつた其生活《そのせいくわつ》の順序《じゆんじよ》を破《やぶ》ると云《い》ふ事《こと》は出來《でき》なく思《おも》ふたが、又《また》深《ふか》く思《おも》へば、市役所《しやくしよ》で有《あ》りし事《こと》、其自《そのみづか》ら感《かん》じた不愉快《ふゆくわい》の事《こと》、愚《おろか》な人々《ひと/″\》が自分《じぶん》を狂人視《きやうじんし》してゐる這麼町《こんなまち》から、少《すこ》しでも出《で》て見《み》たらば、とも思《おも》ふので有《あ》つた。
『然《しか》し貴方《あなた》は一|體《たい》何處《どこ》へお出掛《でか》けにならうと云《い》ふのです?』院長《ゐんちやう》は問《と》ふた。
『モスクワへも、ペテルブルグへも、ワルシヤワへも……ワルシヤワは實《じつ》に好《よ》い所《ところ》です、私《わたし》が幸福《かうふく》の五|年間《ねんかん》は彼處《あすこ》で送《おく》つたのでした、其《そ》れは好《い》い町《まち》です、是非《ぜひ》行《ゆ》きませう、ねえ君《きみ》。』
(十三)
一|週間《しうかん》を經《へ》てアンドレイ、エヒミチは、病院《びやうゐん》から辭職《じしよく》の勸告《くわんこく》を受《う》けたが、彼《かれ》は其《そ》れに對《たい》しては至《いた》つて平氣《へいき》であつた。恁《か》くて又《また》一|週間《しうかん》を過《す》ぎ、遂《つひ》にミハイル、アウエリヤヌヰチと共《とも》に郵便《いうびん》の旅馬車《たびばしや》に打乘《うちの》り、近《ちか》き鐵道《てつだう》のステーシヨンを差《さ》して、旅
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