の状態《じやうたい》にては、最《もつと》も有《あ》り有《う》べき事《こと》なので、總《そう》じて他人《たにん》の艱難《かんなん》に對《たい》しては、事務上《じむじやう》、職務上《しよくむじやう》の關係《くわんけい》を有《も》つてゐる人々《ひと/″\》、例《たと》へば裁判官《さいばんくわん》、警官《けいくわん》、醫師《いし》、とかと云《い》ふものは、年月《ねんげつ》の經過《けいくわ》すると共《とも》に、習慣《しふくわん》に依《よ》つて遂《つひ》には其相手《そのあいて》の被告《ひこく》、或《あるひ》は患者《くわんじや》に對《たい》して、單《たん》に形式以上《けいしきいじやう》の關係《くわんけい》を有《も》たぬやうに望《のぞ》んでも出來《でき》ぬやうに、此《こ》の習慣《しふくわん》と云《い》ふ奴《やつ》がさせて了《しま》ふ、早《はや》く言《い》へば彼等《かれら》は恰《あだか》も、庭《には》に立《た》つて羊《ひつじ》や、牛《うし》を屠《ほふ》り、其《そ》の血《ち》には氣《き》が着《つ》かぬ所《ところ》の劣等《れつとう》の人間《にんげん》と少《すこ》しも選《えら》ぶ所《ところ》は無《な》いのだ。
翌朝《よくあさ》イワン、デミトリチは額《ひたひ》に冷汗《ひやあせ》をびつしより[#「びつしより」に傍点]と掻《か》いて、床《とこ》から吃驚《びつくり》して跳起《はねおき》た。もう今《いま》にも自分《じぶん》が捕縛《ほばく》されると思《おも》はれて。而《さう》して自《みづか》ら又《また》深《ふか》く考《かんが》へた。恁《か》くまでも昨日《きのふ》の奇《く》しき懊惱《なやみ》が自分《じぶん》から離《はな》れぬとして見《み》れば、何《なに》か譯《わけ》があるのである、さなくて此《こ》の忌《いま》はしい考《かんがへ》が這麼《こんな》に執念《しふね》く自分《じぶん》に着纒《つきまと》ふてゐる譯《わけ》は無《な》いと。
『や、巡査《じゆんさ》が徐々《そろ/\》と窓《まど》の傍《そば》を通《とほ》つて行《い》つた、怪《あや》しいぞ、やゝ、又《また》誰《たれ》か二人《ふたり》家《うち》の前《まへ》に立留《たちとゞま》つてゐる、何故《なぜ》默《だま》つてゐるのだらうか?』
是《これ》よりしてイワン、デミトリチは日夜《にちや》を唯《たゞ》煩悶《はんもん》に明《あか》し續《つゞ》ける、窓《まど》の傍《そば》を通《とほ》る者《もの》、庭《には》に入《い》る者《もの》は皆《みな》探偵《たんてい》かと思《おも》はれる。正午《ひる》になると毎日《まいにち》警察署長《けいさつしよちやう》が、町盡頭《まちはづれ》の自分《じぶん》の邸《やしき》から警察《けいさつ》へ行《い》くので、此《こ》の家《いへ》の前《まへ》を二|頭馬車《とうばしや》で通《とほ》る、するとイワン、デミトリチは其度毎《そのたびごと》、馬車《ばしや》が餘《あま》り早《はや》く通《とほ》り過《す》ぎたやうだとか、署長《しよちやう》の顏付《かほつき》が別《べつ》で有《あ》つたとか思《おも》つて、何《な》んでも此《こ》れは町《まち》に重大《ぢゆうだい》な犯罪《はんざい》が露顯《あら》はれたので其《そ》れを至急《しきふ》報告《はうこく》するのであらうなどと極《き》めて、頻《しき》りに其《そ》れが氣《き》になつてならぬ。
家主《いへぬし》の女主人《をんなあるじ》の處《ところ》に見知《みし》らぬ人《ひと》が來《き》さへすれば其《そ》れも苦《く》になる。門《もん》の呼鈴《よびりん》が鳴《な》る度《たび》に惴々《びく/\》しては顫上《ふるへあが》る。巡査《じゆんさ》や、憲兵《けんぺい》に遇《あ》ひでもすると故《わざ》と平氣《へいき》を粧《よそほ》ふとして、微笑《びせう》して見《み》たり、口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いて見《み》たりする。如何《いか》なる晩《ばん》でも彼《かれ》は拘引《こういん》されるのを待《ま》ち構《かま》へてゐぬ時《とき》とては無《な》い。其《そ》れが爲《ため》に終夜《よつぴて》眠《ねむ》られぬ。が、若《も》し這麼事《こんなこと》を女主人《をんなあるじ》にでも嗅付《かぎつ》けられたら、何《なに》か良心《りやうしん》に咎《とが》められる事《こと》があると思《おも》はれやう、那樣疑《そんなうたがひ》でも起《おこ》されたら大變《たいへん》と、彼《かれ》はさう思《おも》つて無理《むり》に毎晩《まいばん》眠《ね》た振《ふり》をして、大鼾《おほいびき》をさへ發《か》いてゐる。然《しか》し這麼心遣《こんなこゝろづかひ》は事實《じゝつ》に於《おい》ても、普通《ふつう》の論理《ろんり》に於《おい》ても考《かんが》へて見《み》れば實《じつ》に愚々《ばか/\》しい次第《しだい》で、拘引《こういん》されるだの、獄舍《らうや》に繋《
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