常《ひじやう》に、其《そ》れは非常《ひじやう》に。』
彼《かれ》は室内《しつない》を歩《ある》き初《はじ》めたが、施《やが》て小聲《こゞゑ》で又《また》言《いひ》出《だ》す。
『私《わたくし》は時折《ときをり》種々《いろ/\》な事《こと》を妄想《まうざう》しますが、往々《わう/\》幻想《まぼろし》を見《み》るのです、或人《あるひと》が來《き》たり、又《また》人《ひと》の聲《こゑ》を聞《き》いたり、音樂《おんがく》が聞《きこ》えたり、又《また》林《はやし》や、海岸《かいがん》を散歩《さんぽ》してゐるやうに思《おも》はれる時《とき》も有《あ》ります。何卒《どうぞ》私《わたくし》に世《よ》の中《なか》の生活《せいくわつ》を話《はな》して下《くだ》さい、何《なに》か珍《めづ》らしい事《こと》でも無《な》いですか。』
『町《まち》の事《こと》をですか、其《そ》れとも一|般《ぱん》の事《こと》に就《つ》いてゞすか?』
『先《ま》づ町《まち》の事《こと》からして伺《うかゞ》ひませう。其《そ》れから一|般《ぱん》のことを。』
『町《まち》では實《じつ》にもう退屈《たいくつ》です。誰《だれ》を相手《あひて》に話《はなし》するものもなし。話《はなし》を聞《き》く者《もの》もなし。新《あたら》しい人間《にんげん》はなし。然《しか》し此頃《このころ》ハヾトフと云《い》ふ若《わか》い醫者《いしや》が町《まち》には來《き》たですが。』
『甚麼人間《どんなにんげん》が。』
『いや、極《ご》く非文明的《ひぶんめいてき》な、奈何云《どうい》ふものか此《こ》の町《まち》に來《く》る所《ところ》の者《もの》は、皆《みな》、見《み》るのも胸《むね》の惡《わる》いやうな人間計《にんげんばか》り、不幸《ふかう》な町《まち》です。』
『左樣《さやう》さ、不幸《ふかう》な町《まち》です。』と、イワン、デミトリチは溜息《ためいき》して笑《わら》ふ。『然《しか》し一|般《ぱん》には奈何《どう》です、新聞《しんぶん》や、雜誌《ざつし》は奈何云《どうい》ふ事《こと》が書《か》いてありますか?』
病室《びやうしつ》の中《うち》はもう暗《くら》くなつたので、院長《ゐんちやう》は靜《しづか》に立上《たちあが》る。然《さう》して立《た》ちながら、外國《ぐわいこく》や、露西亞《ロシヤ》の新聞《しんぶん》雜誌《ざつし》に書《か》
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