いたり計《ばか》りしてゐますから、白癡《はくち》だと有仰《おつしや》るのでせう。』
『然《さ》うぢや無《な》いです。貴方《あなた》も愈※[#二の字点、1−2−22]《いよ/\》深《ふか》く考慮《かんがへ》るやうに成《な》つたならば、我々《われ/\》の心《こゝろ》を動《うごか》す所《ところ》の、總《すべ》ての身外《しんぐわい》の些細《さゝい》なる事《こと》は苦《く》にもならぬとお解《わか》りになる時《とき》が有《あ》りませう、人《ひと》は解悟《かいご》に向《むか》はなければなりません。是《これ》が眞實《しんじつ》の幸福《かうふく》です。』
『解悟《かいご》……。』イワン、デミトリチは顏《かほ》を顰《しか》める。『外部《ぐわいぶ》だとか、内部《ないぶ》だとか……。いや私《わたくし》には然云《さうい》ふ事《こと》は少《すこ》しも解《わか》らんです。私《わたくし》の知《し》つてゐる事《こと》は唯《たゞ》是丈《これだけ》です。』と、彼《かれ》は立上《たちあが》り、怒《おこ》つた眼《め》で院長《ゐんちやう》を睨《にら》み付《つ》ける。『私《わたし》の知《し》つてゐるのは、神《かみ》が人《ひと》を熱血《ねつけつ》と、神經《しんけい》とより造《つく》つたと云《い》ふ事丈《ことだけ》です! 又《また》有機的組織《いうきてきそしき》は、若《も》し其《そ》れが生活力《せいくわつりよく》を有《も》つてゐるとすれば、總《すべ》ての刺戟《しげき》に反應《はんおう》を起《おこ》すべきものである。其《そ》れで私《わたくし》は反應《はんおう》してゐます。即《すなはち》疼痛《とうつう》に對《たい》しては、絶叫《ぜつけう》と、涙《なみだ》とを以《もつ》て答《こた》へ、虚僞《きよぎ》に對《たい》しては憤懣《ふんまん》を以《もつ》て、陋劣《ろうれつ》に對《たい》しては厭惡《えんを》の情《じやう》を以《もつ》て答《こた》へてゐるです。私《わたくし》の考《かんがへ》では是《これ》が抑《そも/\》生活《せいくわつ》と名《な》づくべきものだらうと。又《また》有機體《いうきたい》が下等《かとう》に成《な》れば成《な》る丈《だ》け、より少《すくな》く物《もの》を感《かん》ずるので有《あ》らうと、其故《それゆゑ》により弱《よわ》く刺戟《しげき》に答《こた》へるのである。で、高等《かうとう》に成《な》れば隨《したがつ》てよ
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