ざう》を爲《し》たものだ。』と、院長《ゐんちやう》は思《おも》はず微笑《びせう》する。『では貴方《あなた》は私《わたくし》を探偵《たんてい》だと想像《さうざう》されたのですな。』
『左樣《さやう》。いや探偵《たんてい》にしろ、又《また》私《わたくし》に窃《ひそか》に警察《けいさつ》から廻《ま》はされた醫者《いしや》にしろ、何方《どちら》だつて同樣《どうやう》です。』
『いや貴方《あなた》は。困《こま》つたな、まあお聞《き》きなさい。』と、院長《ゐんちやう》は寐臺《ねだい》の傍《そば》の腰掛《こしかけ》に掛《か》けて責《せむ》るがやうに首《くび》を振《ふ》る。
『然《しか》し假《か》りに貴方《あなた》の云《い》ふ所《ところ》が眞實《しんじつ》として、私《わたくし》が警察《けいさつ》から廻《まは》された者《もの》で、何《なに》か貴方《あなた》の言《ことば》を抑《おさ》へやうとしてゐるものと假定《かてい》しませう。で、貴方《あなた》が其爲《そのため》に拘引《こういん》されて、裁判《さいばん》に渡《わた》され、監獄《かんごく》に入《い》れられ、或《あるひ》は懲役《ちようえき》に爲《さ》れるとして見《み》て、其《そ》れが奈何《どう》です、此《こ》の六|號室《がうしつ》にゐるのよりも惡《わる》いでせうか。此《こゝ》に入《い》れられてゐるよりも貴方《あなた》に取《と》つて奈何《どう》でせうか? 私《わたくし》は此《こゝ》より惡《わる》い所《ところ》は無《な》いと思《おも》ひます。若《も》し然《さ》うならば何《なに》を貴方《あなた》は那樣《そんな》に恐《おそ》れなさるのか?』
此《こ》の言《ことば》にイワン、デミトリチは大《おほい》に感動《かんどう》されたと見《み》えて、彼《かれ》は落着《おちつ》いて腰《こし》を掛《か》けた。
時《とき》は丁度《ちやうど》四|時過《じす》ぎ。毎《いつ》もなら院長《ゐんちやう》は自分《じぶん》の室《へや》から室《へや》へと歩《ある》いてゐると、ダリユシカが、麥酒《ビール》は旦那樣《だんなさま》如何《いかゞ》ですか、と問《と》ふ刻限《こくげん》。戸外《こぐわい》は靜《しづか》に晴渡《はれわた》つた天氣《てんき》である。
『私《わたくし》は中食後《ちゆうじきご》散歩《さんぽ》に出掛《でか》けましたので、些《ちよつ》と立寄《たちよ》りましたのです。もう
前へ
次へ
全99ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
瀬沼 夏葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング