北斗帖
違星北斗
−−−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)白老《しらおい》のアイヌ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符二つ、1−8−75]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ほろ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−−−
私の短歌
私の歌はいつも論説の二三句を並べた様にゴツゴツしたもの許りである。叙景的なものは至って少ない。一体どうした訳だろう。
公平無私とかありのまゝにとかを常に主張する自分だのに、歌に現われた所は全くアイヌの宣伝と弁明とに他ならない。それには幾多の情実もあるが、結局現代社会の欠陥が然らしめるのだ。そして住み心地よい北海道、争闘のない世界たらしめたい念願が迸り出るからである。殊更に作る心算で個性を無視した虚偽なものは歌いたくないのだ。
[#ここから2字下げ]
はしたないアイヌだけれど日の本に
生れ合せた幸福を知る
滅び行くアイヌの為に起つアイヌ
違星北斗の瞳輝く
我はたゞアイヌであると自覚して
正しき道を踏めばよいのだ
新聞でアイヌの記事を読む毎に
切に苦しき我が思かな
今時のアイヌは純でなくなった
憧憬のコタンに悔ゆる此の頃
アイヌとして生きて死にたい願もて
アイヌ絵を描く淋しい心
天地に伸びよ 栄えよ 誠もて
アイヌの為めに気を挙げんかな
深々と更け行く夜半は我はしも
ウタリー思いて泣いてありけり
ウタリーは同胞[#「ウタリーは同胞」は1段階小さな文字]
ほろ/\と鳴く虫の音はウタリーを
思いて泣ける我にしあらぬか
ガッチャキの薬を売ったその金で
十一州を視察する俺
ガッチャキは痔[#「ガッチャキは痔」は1段階小さな文字]
昼飯も食わずに夜も尚歩く
売れない薬で旅する辛さ
世の中に薬は多くあるものを
などガッチャキの薬売るらん
ガッチャキの薬をつける術なりと
北斗の指は右に左に
売る俺も買う人も亦ガッチャキの
薬の色の赤き顔かな
売薬の行商人に化けて居る
俺の人相つく/″\と見る
「ガッチャキの薬如何」と人の居ない
峠で大きな声出して見る
ガッチャキの薬屋さんのホヤホヤだ
吠えて呉れるな黒はよい犬
「ガッチャキの薬如何」と門に立てば
せゝら笑って断られたり
田舎者の好奇心に売って行く
呼吸もやっと慣れた此の頃
よく云えば世渡り上手になって来た
悪くは云えぬ俺の悲しさ
此の次は樺太視察に行くんだよ
そう思っては海を見わたす
世の中にガッチャキ病はあるものを
などガッチャキの薬売れない
空腹を抱えて雪の峠越す
違星北斗を哀れと思う
「今頃は北斗は何処に居るだろう」
噂して居る人もあろうに
灰色の空にかくれた北斗星
北は何れと人は迷わん
行商がやたらにいやな今日の俺
金がない事が気にはなっても
無自覚と祖先罵ったそのことを
済まなかったと今にして思う
仕方なくあきらめるんだと云う心
哀れアイヌを亡ぼした心
「強いもの!」それはアイヌの名であった
昔に恥じよ 覚めよ ウタリー
勇敢を好み悲哀を愛してた
アイヌよアイヌ今何処に居る
アイヌ相手に金儲けする店だけが
大きくなってコタンさびれた
握り飯腰にぶらさげ出る朝の
コタンの空に鳴く鳶の声
岸は埋め川には橋がかかるとも
アイヌの家の朽ちるがいたまし
あゝアイヌはやっぱり恥しい民族だ
酒にうつつをぬかす其の態
泥酔のアイヌを見れば我ながら
義憤も消えて憎しみの湧く
背広服生れて始めて着て見たり
カラーとやらは窮屈に覚ゆ
ネクタイを結ぶと覗くその顔を
鏡はやはりアイヌと云えり
我ながら山男なる面を撫で
鏡を伏せて苦笑するなり
洋服の姿になるも悲しけれ
あの世の母に見せられもせで
獰猛な面魂をよそにして
弱い淋しいアイヌの心
力ある兄の言葉に励まされ
涙に脆い父と別るる
コタンからコタンを巡るも楽しけれ
絵の旅 詩の旅 伝説の旅
暦無くとも鰊来るのを春とした
コタンの昔慕わしきかな
久々で熊がとれたが其の肉を
何年ぶりで食うたうまさよ
雨降りて静かな沢を炭竈の
白い烟が立ちのぼる見ゆ
戸むしろに紅葉散り来る風ありて
小屋いっぱいに烟まわれり
幽谷に風嘯いて黄紅葉が
苔踏んで行く我に降り来る
ひら/\と散った一葉に冷めたい
秋が生きてたコタンの夕
桂木の葉のない梢天を衝き
日高の山に冬は迫れる
楽んで家に帰れば淋しさが
漲って居る貧乏な為だ
めっきりと寒くなってもシャツはない
薄着の俺は又も風邪ひく
炭もなく石油さえなく米もなく
なって了っ
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