りながら、いきをのんて、面《おもて》をふせた。みんなの視線が、ちょうどいつも石太郎の上に蝟集《いしゅう》するように、きょうは、じぶんにそそがれているのだと思いながら。
 いまにどこからか、春吉君だという声が起こってくるにそういない、と思った。そういうふうにすっかり観念《かんねん》していたので、石だ、石だ、というあやまった声があがったときには、じぶんの頭上に落ちてくるはずのげんこつが、わきにそれたように、ほっとしたきみょうな感じになった。
 顔をあげてみると、意外にも、みんなの視線は、春吉君に集中されておらず、やはり石太郎の方にむいているのだ。
 藤井先生が、黒板のうらにかかっているむちをとって、つかつかと石太郎の前に歩いていかれる。春吉君の心の底から、正義感がむくっと起きてきた。じぶんだといってしまおうか、しかし、だれひとり、じぶんをうたがってはいないのである。ここで白状するのは、なんともはずかしい。先生が石太郎の席に達するまでのみじかい時間を、春吉君の中で正義感と羞恥心《しゅうちしん》とが、めまぐるしい闘争をした。それが春吉君の動悸《どうき》を、鼓膜《こまく》にドキッドキッとひびくほ
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