いことを思いついたのでした。
和太郎さんは、牛をくびき[#「くびき」に傍点]からはなしました。そして、こぼれたおり[#「おり」に傍点]のところにつれていきました。
「そら、なめろ」
牛は、おり[#「おり」に傍点]の上に首をさげて、しばらくじっとしていました。それは、においをかいで、これはうまいものかまずいものか、と判断しているように見えました。
見ている百姓たちも、いきをころして、牛は酒を飲むか飲まぬか、と考えていました。
牛は舌を出して、ぺろりとひとなめやりました。そしてまたちょっと動かずにいました。口の中でその味をよくしらべているにちがいありません。
見ている百姓たちは、あまりいきをころしていたので、胸が苦しくなったほどでありました。
牛はまた、ぺろりとなめました。そしてあとは、ぺろりぺろりとなめ、おまけに、ふうふうという鼻いきまで加わったので、たいそういそがしくなりました。
「牛というもなァ、酒の好きなけものとみえるなァ」
と村びとのひとりが、ためいきまじりにいいました。
ほかのものたちは、じぶんが牛でないことをたいそうざんねんに思いました。
和太郎さんは、牛がおいしそうにおり[#「おり」に傍点]をなめるのを喜んで見ていました。
「おォよ。たべろたべろ。いつもおまえの世話になっておるで、お礼をせにゃならんと思っておったのだ。だが、おまえが酒ずきとは知らなかったのだ」
牛はてまえのおり[#「おり」に傍点]がなくなると、ひと足進んで、むこうのおり[#「おり」に傍点]をなめました。
「牛てもな、大酒《おおざけ》くらいだなァ」
と村びとのひとりが、ほしいもののもらえなかった子どものように、なげやりにいいました。
「いくらでもええだけたべろ」と和太郎さんは、牛の背中《せなか》をなでながらいいました。
「ようまでたべろ。よってもええぞ、きょうはおれが世話してやるで。きょうこそ、一生に一ぺんのご恩がえしだ」
ついに牛は、おり[#「おり」に傍点]をなめてしまい、土だけが残りました。もうあたりはうす暗くなっていました。和太郎さんはまた牛をくびき[#「くびき」に傍点]につけました。
青い夕かげが流れて、そこらの垣根《かきね》の木いちごの花だけが白くういている道を、腹いっぱいたべた牛と、日ごろのご恩をかえしたつもりの和太郎さんが、ともに満足をおぼえながらのろのろといきました。
四
さて、和太郎さんも、きょうだけはじぶんがお酒を飲むのをよそうと決心していました。和太郎さんの意見では、牛が飲んだうえに、牛飼いまでが飲むのは、だらしのないことであったのです。しかし、それなら和太郎さんは、帰り道を一本松と茶屋の前にとってはならなかったのです。すこしまわり道だけれど、焼場《やきば》の方のさびしい道をいけばよかったのです。
だが、和太郎さんは、なァに、きょうはだいじょうぶだ、と思いました。「おれにだってわきまえというものがあるさ」とひとりごとをいいました。そして一本松と茶屋の前を通りかかりました。
酒飲みの考えは、酒の近くへくると、よくかわるものであります。和太郎さんも、茶屋の前までくると、じぶんの石のようにかたかった決心が、とうふのようにもろくくずれていくのをおぼえました。
じつは和太郎さんも、牛に酒のおり[#「おり」に傍点]をなめさせているとき、じぶんも、のどから手の出るほど飲みたかったのを、おさえていたのでした。その欲望が、茶屋の前できゅうに頭をもちあげてきました。
「ま、ちょっと一服するくらい、いいだろう」
と和太郎さんは、手綱《たづな》を松の太いみきにまきつけながら、いいました。牛はいつものようにおとなしくしていました。
そして和太郎さんは、茶店に、手をこすりながら、はいっていきました。
いつものとおりでした。もうちょっと、もうちょっとといっているうちに、時間はすぎていきました。徳利《とっくり》の数もふえていきました。
茶屋のおよしばあさんが、いろいろ和太郎さんの世話をやいて、松から手綱をといてくれたり、小田原《おだわら》ちょうちんに火をともしてくれたのも、いつものとおりでした。
ただ、牛が地べたの上にねそべっていたことだけが、いつもとちがっていました。およしばあさんは、そうとは知らなかったので、もうすこしで牛につまずくところでした。和太郎さんは、
「坊よ、起きろ」
と、いいました。
牛は、ふううッと太い長い鼻いきでこたえただけで、起きようとしませんでした。
「坊よ、腹でもいてえか。起きろ」
といって、和太郎さんは、手綱でぐいッとひっぱりました。
牛はのろのろと、ものうげにからだを動かして、まずしりのほうを起こしました。前あしはふたつにおって地についたままでしばらくい
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