。
長女 いやよ。あたしがくに[#「くに」に傍点]ちゃんとこのおじさんにいただいてきたのよ。この雛《ひな》は。
三男 だって、ぼくとふたりでだいじにしろっていったって、ねえさん、ぼくにいったじゃないか。
長女 …………
三男 ぼく、手にのせて見たいんだよ。
長女 あれ、うそよ。
三男 なんだい、うそなことあるもんか。くに[#「くに」に傍点]ちゃんとこのおじさん、ぼくとなかよしなんだもの。
長女 いいえ。うそよ。あたし、よし坊ちゃんを喜ばしてやろうと思って、うそいったのよ。ほんとうは、あたしだけにくれたんだわ。
三男 なんだい、ねえさんのうそつき。そんなら、そんなもの、殺しちゃうぞ。
長女 いやだわ、いやだわ。
三男 よこせ、よこせってば。
長女 よし坊ちゃん、いやよ、そんな顔しちゃ。
三男 よこせってば。ねえさんばか。あや子ばか。よこせってば。
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(女の子、策つきて箱から雛《ひな》をとり出して病気の子に渡す)
[#ここで字下げ終わり]
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長女 ね、お願いだから、殺さないでね……あっ、いけないわ、そんなににぎっちゃあ……こわいもんだから、足がぶるぶるふるえてるわ……もうはなして……よし坊ちゃん……もうはなしてよ、よし坊ちゃん……。
三男 ぼくの手にふるえが伝わってくるよ。軽いなあ。
長女 かあいそうだわ。足をもがいてるわ。そんなに持ってると、びっくらして死んじまうことよ。
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(病気の子そっと雛をもったまま、長く見ている)
(女の子安心する)
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長女 毛、やわらかいでしょ。
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病気の子、だまって雛をかえす。
女の子箱にしまって、裏口から出ていく。
はやしの音が近づいてくる。
微風《びふう》の中から桜の花びらが病気の子のわきに落ちる。病気の子は動かない。
女の子入ってくる。
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長女 おはやしがこっちへやってくるかね。
三男 塩屋さんとこまでくるきりだい。あそこからまた帰ってしまうんだ。
長女 あの太鼓《たいこ》ね、おキンちゃんとこのにいさんがたたいてるのよ。今年《ことし》はじめてだって
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