て来ました。
赤とんぼは、ちょっとびっくりしました。それは、いつも開いている窓《まど》が、皆《みな》しまっているからです。
どうしたのかしら? と、赤とんぼが考えたとき、玄関《げんかん》から誰《だれ》か跳《と》び出して来ました。
おじょうちゃんです。あのかあいいおじょうちゃんです。
けれども、今日のおじょうちゃんは、悲しい顔つきでした。そして、この別荘《べっそう》へはじめて来たときかぶってた、赤いリボンの帽子《ぼうし》を着け、きれいな服《ふく》を着ていました。
赤とんぼはいつものように飛んで行って、おじょうちゃんの肩《かた》にとまりました。
「あたしの赤とんぼ……かあいい赤とんぼ……あたし、東京へ帰るのよ、もうお別れよ。」
おじょうちゃんは、小さい細い声で泣《な》くように言いました。
赤とんぼは悲しくなりました。自分もおじょうちゃんといっしょに東京へ行きたいなと思いました。
そのとき、おじょうちゃんのお母さんと、赤とんぼにいたずらをした書生《しょせい》さんが、出てまいりました。
「ではまいりましょう。」
皆《みな》、歩き出しました。
赤とんぼは、やがておじょうちゃんの肩《かた》を離《はな》れて、垣根《かきね》の竹の先にうつりました。
「あたしの赤とんぼよ、さようなら――」
かあいいおじょうちゃんは、なんべんもふりかえっていいました。
けど、とうとう、皆《みな》の姿《すがた》は見えなくなってしまったのです。
もう、これからは、この家は空家《あきや》になるのかな――赤とんぼは、しずかに首をかたむけました。
淋《さび》しい秋の夕方など、赤とんぼは、尾花《おばな》の穂先《ほさき》にとまって、あのかあいいおじょうちゃんを思い出しています。
底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書
1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書
入力:もりみつじゅんじ
校正:鈴木厚司
2003年5月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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