になって漸《ようや》くやんだ。夜はまた木之助の咽喉《のど》がむずがゆくなり咳が出て来た。裏の竹藪《たけやぶ》で、竹から雪がどさっどさっと落ちる音が、木之助の咳にまじった。咳の長いつづきがやむと娘が、
「お父《とっ》つあん、そんなふうで明日《あした》門附けにゆけるもんかい」といった。もう昼間から何度も繰り返している言葉である。
「行けんじゃい!」と木之助は癇癪《かんしゃく》を起して呶鳴《どな》るようにいった。「おツタのいう通りだ」と女房もいった。

       六

「無理して行って来て、また寝こむようなことになると、僅《わず》かな銭金《ぜにかね》にゃ代らないよ」。そして女房は、去年木之助が感冒を患ったとき、町から三度自動車で往診に来たお医者に、鶏《とり》ならこれから卵を産もうという一番|値《ね》のする牝鶏《めんどり》を十羽買えるだけのお銭《あし》を払わねばならなかったことをいった。
「明日《あした》は、ええ日になるだ」。木之助はあれ以来女房や娘に苦労をかけているのを心の中では済まなく思って、それでも負け惜しみをいった。「雪の明けの日というものは、ぬくといええ日になるもんだよ」
「雪が
前へ 次へ
全38ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング