しまい、代りにさっきの優しい主人があらわれた。
「どうだうまいか」といって、主人はそこにかがんだ。松次郎が胸に閊《つか》えたので拳《こぶし》でたたいていると、おやあいつ、お茶を持って来なかったんだな、いいつけといたのに、と呟《つぶや》いた。そのとき今の女中がお茶を持って来て、すました顔でそこへ置くとまたひっこんで行った。
「大きな握飯だな、いくつ持って来たんだ」と主人は一つ残った木之助のおむすびを見ていった。六つと木之助は答えた。この半白の頭をした男の人は、さっきより一層|親《したし》くなったように木之助には感じられた。
 木之助たちが喰《た》べ終って、「ご馳走《ちそう》さん」と頭をさげると、主人はなおも、いろんなことを二人に話しかけ、訊《たず》ねた。これから行く先だとか、家の職業だとか、大きくなったら何になるのだとか。木之助の胡弓は大層うまいとほめてくれた。木之助はうれしかった。「こんど来るときはもっと仰山《ぎょうさん》弾けるようにして来て、いろんな曲をきかしてくれや」といったので木之助は「ああ」といった。すると主人は袂《たもと》の底をがさごそと探《さが》していて紙の撚《ひね》ったの
前へ 次へ
全38ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング