狐のつかい
新美南吉
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)猿《さる》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一|合《ごう》かいました。
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山のなかに、猿《さる》や鹿《しか》や狼《おおかみ》や狐《きつね》などがいっしょにすんでおりました。
みんなはひとつのあんどんをもっていました。紙ではった四角な小さいあんどんでありました。
夜がくると、みんなはこのあんどんに灯《ひ》をともしたのでありました。
あるひの夕方、みんなはあんどんの油《あぶら》がもうなくなっていることに気がつきました。
そこでだれかが、村の油屋《あぶらや》まで油を買いにゆかねばなりません。さてだれがいったものでしょう。
みんなは村にゆくことがすきではありませんでした。村にはみんなのきらいな猟師《りょうし》と犬がいたからであります。
「それではわたしがいきましょう」
とそのときいったものがありました。狐《きつね》です。狐《きつね》は人間の子どもにばけることができたからでありました。
そこで、狐《きつね》のつかいときまりました。やれやれとんだことになりました。
さて狐《きつね》は、うまく人間の子どもにばけて、しりきれぞうりを、ひたひたとひきずりながら、村へゆきました。そして、しゅびよく油《あぶら》を一|合《ごう》かいました。
かえりに狐《きつね》が、月夜のなたねばたけのなかを歩いていますと、たいへんよいにおいがします。気がついてみれば、それは買ってきた油のにおいでありました。
「すこしぐらいは、よいだろう。」
といって、狐《きつね》はぺろりと油をなめました。これはまたなんというおいしいものでしょう。
狐《きつね》はしばらくすると、またがまんができなくなりました。
「すこしぐらいはよいだろう。わたしの舌《した》は大きくない。」
といって、またぺろりとなめました。
しばらくしてまたぺろり。
狐《きつね》の舌《した》は小さいので、ぺろりとなめてもわずかなことです。しかし、ぺろりぺろりがなんどもかさなれば、一|合《ごう》の油《あぶら》もなくなってしまいます。
こうして、山につくまでに、狐《きつね》は油をすっかりなめてしまい、もってかえったのは、からのとくりだけでした。
待っていた鹿《しか》や猿《さる》や狼《おおかみ》は、からのとくりをみてためいきをつきました。これでは、こんやはあんどんがともりません。みんなは、がっかりして思いました、
「さてさて。狐《きつね》をつかいにやるのじゃなかった。」
と。
底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書
1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書
入力:めいこ
校正:もりみつじゅんじ
2002年12月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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