医者の家へなんか集まっていることもあるまいが、ともかくのぞいてみようと思って、黄色《きいろ》い葉のまじった豆畑のあいだを、徳一《とくいち》君の家の方へやっていった。そのとちゅう、ほし草の積みあげてあるそばで、兵太郎《へいたろう》君にひょっくり出あったのである。
 兵太郎君は、みんなからほら兵[#「ほら兵」に傍点]とあだ名をつけられていたが、まったくそうだった。こんなうなぎをつかんだといって、両方の手の指で、てんびんぼうほどの太さをして見せるので、ほんとうかと思っていってみると、筆ぐらいのめそきん[#「めそきん」に傍点]が、井戸ばたの黒いかめの底にしずんでいるというふうである。また、兵太郎君はおんちで、君が代もろくろくうたえなかったが、いっこうそんなことは気にせず、みんなが声をそろえてうたっていると、すぐ唱和するので、みんなは調子がへんになって、やめてしまうのであった。だが、わる気はないので、みんなにきらわれてはいない。ときどき鼻をすこし右にまげるようにして、キュッと音をたててすいあげるのと、わらうとき、ゆかの上だろうが道の上だろうが、ところきらわず下にころがるくせがあった。
 体操《たいそう》のとき、久助君のすぐ前なので、久助君は、かれの頭のうしろがわに、いくつ、どんな形のはげがあるかをよく知っている。
 兵太郎君は、手ぶらで、へんにうかぬ顔をしていた。
「みんな、どこにいったか知らんかァ」
と、久助君がきいた。
「知らんげや」
と、兵太郎君がこたえた。そんなことなんか、どうでもいいという顔をしている。まるたんぼうのはしを、大工《だいく》さんがのみ[#「のみ」に傍点]で、ちょっちょっとほってできたようなその顔を、久助君はまぢかにつくづくと見た。
「徳一がれ[#「がれ」に傍点]にいやひんかァ」
と、久助君がまたきいた。
「いやひんだらァ」
と、兵太郎君がこたえた。赤とんぼが、兵太郎君のうしろを通っていって、ほし草にとまった。そのはねが、日の光をうけてきらりと光った。
「いってみよかよォ」
と、久助君がじれったそうにいった。
「ううん」
と、兵太郎君はなま返事をした。
「なァ、いこうかよォ」
と、久助君はうながした。
「んでも、徳やん、さっきおっかンといっしょに、半田の方へいきよったぞ」
と、兵太郎君はいって、つよいかおりをはなっているほし草のところへ近づき、なかばころ
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