となる風のすきまに、巨男《おおおとこ》のつちの音がかすかに聞こえてきました。やはり王様も巨男《おおおとこ》をあわれにお思いになったのか、
「こんな夜に働かせておくのは気《き》の毒《どく》だ。それにあの男は、おとなしい。明日《あした》はもうあの仕事をやめさせよう。」とひとりいわれました。そんなことはすこしも知らずに、巨男《おおおとこ》はこつこつやっていました。そして、どんなことをしたら白鳥をなかせてお姫様《ひめさま》にさせることができるだろうと考えていました。ふと、巨男《おおおとこ》は自分が死んだら――と考えました。そこで、温かい巨男《おおおとこ》の背《せ》でねむっている白鳥に話しかけました。
「私が死んだら、お前は悲しくないか?」
 すると白鳥は眼《め》をさまして、「そんなことをしてはいけない」というように羽ばたき[#「ばたき」に傍点]しました。
「私が死んではいけないのかい? それなら、私が死んだらお前は涙《なみだ》を流すにちがいない。よし! 私はお前のために天国へいこう。」
 巨男《おおおとこ》は立ちあがって、背中《せなか》から白鳥をおろしました。白鳥は、とめようとして、巨男《おおおとこ》の着物のはしを引きました。巨男《おおおとこ》は、白鳥と最後の頬《ほお》ずりをして、
「では、かわいい白鳥よ、さようなら、お前はもとの美しいお姫様《ひめさま》に帰るのだよ……」といって、高い塔《とう》の上から身を投げました。地に落ちるとただちに死んでしまいました。
 白鳥は、どんなになげいたことでしょう。涙《なみだ》は滝《たき》のように出ました。そして、そのとき魔法《まほう》はとけて、うるわしいもとの王女になりました。王女はなきじゃく[#「じゃく」に傍点]りながら、高い塔《とう》の階段《かいだん》をころがるように走りおりて、お父さまの王様の部屋にとびこみました。
 そして、いままでのことを王様に話したんです。王様はそれを聞いて、面《おもて》をふせて巨男《おおおとこ》に謝罪《しゃざい》し、また感謝《かんしゃ》しました。
 まもなく、王様から都《みやこ》の人びとへそれが伝えられたとき、都の人びともないて巨男《おおおとこ》にあやまりました。
 巨男《おおおとこ》のむくろ[#「むくろ」に傍点]は月桂樹《げっけいじゅ》の葉でおおわれて都の東にある沙丘《さきゅう》に葬《ほうむ》られました。
 王女は、よく王様やお母さんの后《きさき》に申《もう》しましたよ。
「私は、いつまでも白鳥でいて、巨男《おおおとこ》の背中《せなか》にとまっていたかったわ。」

 空がくもっていて、金星がたった一つうるんでみえる夜ふけなど、南国の人びとはいまでも、
「あれは、巨男《おおおとこ》の灯《ひ》だ。」と空をあおいで申します。



底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書
   1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書
入力:もりみつじゅんじ
校正:鈴木厚司
2003年5月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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