した。
「さあ、何《なん》でもかんでも、もとのように葉《は》をつけてしめせ。」
これは無理《むり》なことでありました。そこで人力曳《じんりきひ》きの海蔵《かいぞう》さんも、まんじゅう笠《がさ》をぬいで、利助《りすけ》さんのためにあやまってやりました。
「まあまあ、こんどだけはかに[#「かに」に傍点]してやっとくんやす。利助《りすけ》さも、まさか牛《うし》が椿《つばき》を喰《く》ってしまうとは知《し》らずにつないだことだて。」
そこでようやく地主《じぬし》は、はらのむしがおさまりました。けれど、あまりどなりちらしたので、体《からだ》がふるえるとみえて、二、三べん自転車《じてんしゃ》に乗《の》りそこね、それからうまくのって、行《い》ってしまいました。
利助《りすけ》さんと海蔵《かいぞう》さんは、村《むら》の方《ほう》へ歩《ある》きだしました。けれどもう話《はなし》をしませんでした。大人《おとな》が大人《おとな》に叱《しか》りとばされるというのは、情《なさ》けないことだろうと、人力曳《じんりきひ》きの海蔵《かいぞう》さんは、利助《りすけ》さんの気持《きも》ちをくんでやりました。
「もうちっと、あの清水《しみず》が道《みち》に近《ちか》いとええだがのオ。」
と、とうとう海蔵《かいぞう》さんが言《い》いました。
「まったくだて。」
と、利助《りすけ》さんが答《こた》えました。
二
海蔵《かいぞう》さんが人力曳《じんりきひ》きのたまり場《ば》へ来《く》ると、井戸掘《いどほ》りの新五郎《しんごろう》さんがいました。人力曳《じんりきひ》きのたまり場《ば》といっても、村《むら》の街道《かいどう》にそった駄菓子屋《だがしや》のことでありました。そこで井戸掘《いどほ》りの新五郎《しんごろう》さんは、油菓子《あぶらがし》をかじりながら、つまらぬ話《はなし》を大《おお》きな声《こえ》でしていました。井戸《いど》の底《そこ》から、外《そと》にいる人《ひと》にむかって話《はなし》をするために、井戸新《いどしん》さんの声《こえ》が大《おお》きくなってしまったのであります。
「井戸《いど》ってもなア、いったいいくらくらいで掘《ほ》れるもんかイ、井戸新《いどしん》さ。」
と、海蔵《かいぞう》さんは、じぶんも駄菓子箱《だがしばこ》から油菓子《あぶらがし》を一|本《ぽん》つまみだしながらききました。
井戸新《いどしん》さんは、人足《にんそく》がいくらいくら、井戸囲《いどがこ》いの土管《どかん》がいくらいくら、土管《どかん》のつぎめを埋《う》めるセメントがいくらと、こまかく説明《せつめい》して、
「先《ま》ず、ふつうの井戸《いど》なら、三十|円《えん》もあればできるな。」
と、いいました。
「ほオ、三十|円《えん》な。」
と、海蔵《かいぞう》さんは、眼《め》をまるくしました。それからしばらく、油菓子《あぶらがし》をぼりぼりかじっていましたが、
「しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]を下《お》りたところに掘《ほ》ったら、水《みず》が出《で》るだろうかなア。」
と、ききました。それは、利助《りすけ》さんが牛《うし》をつないだ椿《つばき》の木《き》のあたりのことでありました。
「うん、あそこなら、出《で》ようて、前《まえ》の山《やま》で清水《しみず》が湧《わ》くくらいだから、あの下《した》なら水《みず》は出《で》ようが、あんなところへ井戸《いど》を掘《ほ》って何《なん》にするや。」
と、井戸新《いどしん》さんがききました。
「うん、ちっとわけがあるだて。」
と、答《こた》えたきり、海蔵《かいぞう》さんはそのわけをいいませんでした。
海蔵《かいぞう》さんは、からの人力車《じんりきしゃ》をひきながら家《いえ》に帰《かえ》ってゆくとき、
「三十|円《えん》な。……三十|円《えん》か。」
と、何度《なんど》もつぶやいたのでありました。
海蔵《かいぞう》さんは藪《やぶ》をうしろにした小《ちい》さい藁屋《わらや》に、年《とし》とったお母《かあ》さんと二人《ふたり》きりで住《す》んでいました。二人《ふたり》は百姓仕事《ひゃくしょうしごと》をし、暇《ひま》なときには海蔵《かいぞう》さんが、人力車《じんりきしゃ》を曳《ひ》きに出《で》ていたのであります。
夕飯《ゆうはん》のときに二人《ふたり》は、その日《ひ》にあったことを話《はな》しあうのが、たのしみでありました。年《とし》とったお母《かあ》さんは隣《となり》の鶏《にわとり》が今日《きょう》はじめて卵《たまご》をうんだが、それはおかしいくらい小《ちい》さかったこと、背戸《せど》の柊《ひいらぎ》の木《き》に蜂《はち》が巣《す》をかけるつもりか、昨日《きのう》も今日《きょう》も様子《ようす》を見《み》に来《き》たが
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