《わ》いていました。ちょうど、そのように、海蔵《かいぞう》さんの心《こころ》の中《なか》にも、よろこびが湧《わ》いていました。
 海蔵《かいぞう》さんは、汲《く》んでうまそうにのみました。
「わしはもう、思《おも》いのこすことはないがや。こんな小《ちい》さな仕事《しごと》だが、人《ひと》のためになることを残《のこ》すことができたからのオ。」
と、海蔵《かいぞう》さんは誰《だれ》でも、とっつかまえていいたい気持《きも》ちでした。しかし、そんなことはいわないで、ただにこにこしながら、町《まち》の方《ほう》へ坂《さか》をのぼって行《い》きました。
 日本《にっぽん》とロシヤが、海《うみ》の向《む》こうでたたかいをはじめていました。海蔵《かいぞう》さんは海《うみ》をわたって、そのたたかいの中《なか》にはいって行《い》くのでありました。

  七

 ついに海蔵《かいぞう》さんは、帰《かえ》って来《き》ませんでした。勇《いさ》ましく日露戦争《にちろせんそう》の花《はな》と散《ち》ったのです。しかし、海蔵《かいぞう》さんのしのこした仕事《しごと》は、いまでも生《い》きています。椿《つばき》の木《こ》かげに清水《しみず》はいまもこんこんと湧《わ》き、道《みち》につかれた人々《ひとびと》は、のどをうるおして元気《げんき》をとりもどし、また道《みち》をすすんで行《い》くのであります。



底本:「ごんぎつね・夕鶴」少年少女日本文学館第十五巻、講談社
   1986(昭和61)年4月18日第1刷発行
   1993(平成5)年2月25日第13刷発行
入力:田浦亜矢子
校正:もりみつじゅんじ
1999年10月25日公開
青空文庫作成ファイル:
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