らしてあげよう。あのへんは、みな、わしの土地《とち》だから。うん、そうして、井戸《いど》を掘《ほ》る費用《ひよう》がたりなかったら、いくらでもわしが出《だ》してあげよう。わしは明日《あした》にも死《し》ぬかも知《し》れんから、このことを遺言《ゆいごん》しておいてあげよう。」
 海蔵《かいぞう》さんは、思《おも》いがけない言葉《ことば》をきいて、返事《へんじ》のしようもありませんでした。だが、死《し》ぬまえに、この一人《ひとり》の慾《よく》ばりの老人《ろうじん》が、よい心《こころ》になったのは、海蔵《かいぞう》さんにもうれしいことでありました。

  六

 しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]から打《う》ちあげられて、少《すこ》しくもった空《そら》で花火《はなび》がはじけたのは、春《はる》も末《すえ》に近《ちか》いころの昼《ひる》でした。
 村《むら》の方《ほう》から行列《ぎょうれつ》が、しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]を下《お》りて来《き》ました。行列《ぎょうれつ》の先頭《せんとう》には黒《くろ》い服《ふく》、黒《くろ》と黄《き》の帽子《ぼうし》をかむった兵士《へいし》が一人《ひとり》いました。それが海蔵《かいぞう》さんでありました。
 しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]を下《お》りたところに、かたがわには椿《つばき》の木《き》がありました。今花《いまはな》は散《ち》って、浅緑《あさみどり》の柔《やわ》らかい若葉《わかば》になっていました。もういっぽうには、崖《がけ》をすこしえぐりとって、そこに新《あたら》しい井戸《いど》ができていました。
 そこまで来《く》ると、行列《ぎょうれつ》がとまってしまいました。先頭《せんとう》の海蔵《かいぞう》さんがとまったからです。学校《がっこう》かえりの小《ちい》さい子供《こども》が二人《ふたり》、井戸《いど》から水《みず》を汲《く》んで、のどをならしながら、美《うつく》しい水《みず》をのんでいました。海蔵《かいぞう》さんは、それをにこにこしながら見《み》ていました。
「おれも、いっぱいのんで行《い》こうか。」
 子供《こども》たちがすむと、海蔵《かいぞう》さんはそういって、井戸《いど》のところへ行《い》きました。
 中《なか》をのぞくと、新《あたら》しい井戸《いど》に、新《あたら》しい清水《しみず》がゆたかに湧
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