ことばできくなら、「きたのけ?」あるいは、「きたァだけ?」というところである。しかし久助君には、日ごろじぶんたちが使いなれている、こうしたことばは、この上品な少年にむかって用いるには、あまりげびているように思えた。といって久助君は、岩滑以外のことばを知っているわけでもなかった。そこで、どこのことばともつかない「きたのン?」などという中途はんぱのことばが出てしまったのである。もし徳一君や、加市君や、兵太郎君など、日ごろのなかまがいまのことばを聞いていたなら、あとで久助君は、背中をたたかれたりしながら、どんなにひやかされるかしれないのだが、ありがたいことに、それを聞いたのは、太郎左衛門だけである。太郎左衛門はまだ、岩滑のことをよく知らないから、こんなことばも岩滑にはあるだろうぐらいに思って、気にとめなかったのであろう。
「ああ」
と、かれはこたえた。それからまた、赤い花の方を見ながら、
「ぼくのにいさん、あれがすきだったのさ。画家なんだよ」
画家というのは絵をかく人であることぐらいは見当がつくが、じっさいの画家を見たことのない久助君には、こんな話に、なんと返事していいかわからないのである
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