キ坊《ぼう》ちゃんはね、死んじゃったの。もう五、六年もまえの雪のふった晩に」
 相手の人がなにかこたえているらしい。それが久助君にはきこえないが、彼女にはきこえるとみえて、耳をたてて聞いている。そしてまたいう。
「この子、死ぬってこと知らないんだわ。死ぬってね、かくれんぼうでどっかへかくれて、いつまで待っても出てこないようなもんよ」
 すがたの見えない相手がなにかいうらしい。すると彼女は、なにかおかしい返事を聞いたのだろう、とつぜんクックックッとわらいだした。そしてこのわらうのが、じぶんで満足のいくようにできないとみえて、彼女はなんどもやりなおした。「クックックッ」とか、「ウフッフッフッ」とかいって。
 久助君はもうがまんができなかった。すぐ家へ帰ってしまった。
 それからしばらく、久助君は、太郎左衛門の屋敷の門の前を通るときにはきっと、ふじの花のさいている明るい昼間だというのに、ランプをつけて学芸会の劇を練習している、色の白いぶきみな少女のことを思い出したのである。

       四

 だんだん太郎左衛門は、みんなと親しくなった。みんなは最初のうち、太郎左衛門を尊敬して、すこしい
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