でいった。
 野には、あざやかな緑の上に、白い野ばらの花がさいていた。そこを通ると、みつばちの羽音《はおと》がしていた。白っぽい松の芽が、におうばかりそろいのびているのも、見ていった。
 半田池をすぎ、長い峠道をのぼりつくしたころから、みんなは、沈黙がちになってきた。そして、もしだれかがしゃべっていると、それがうるさくて、はらだたしくなるのであった。知らないうちに、みんなのからだに、つかれがひそみこんだのだ。
 だんだん、みんなは、つかれのため頭のはたらきがにぶってきた。そして、あたりの光が弱ったような気がした。じっさい、日もだいぶん西にかたむいていたのだが、それでも、もうひきかえそうというものは、だれもなかった。まるで命令をうけているもののように、先へ進んでいった。
 そして大野の町をすぎ、めざす新舞子《しんまいこ》の海岸についたのは、まさに、太陽が西の海にぼっしようとしている日ぐれであった。
 五人はくたびれて、みにくくなって、海岸に足をなげ出した。そして、ぼんやり海の方を見ていた。
 くじらはいなかった。また、太郎左衛門のうそだった!
 しかしみんなは、もう、うそであろうがうそでなかろうが、そんなことは問題ではなかった。たとい、くじらがそこにいたとしても、みんなはもう、見ようとしなかったろう。
 つかれのために、にぶってしまったみんなの頭のなかに、ただひとつ、こういう思いがあった。
「とんだことになってしまった。これから、どうして帰るのか」
 くたくたになって、一歩も動けなくなって、はじめて、こう気づくのは、分別《ふんべつ》がたりないやりかたである。じぶんたちが、まだ分別のたりない子どもであることを、みんなはしみじみ感じた。
 とつぜん、「わッ」と、だれかなきだした。森医院の徳一君である。わんぱくものでけんかの強い徳一君が、まっさきになきだしたのだ。すると、そのまねをするように兵太郎君が「わッ」と、同じ調子でなきだした。久助君も、そのなき声を聞いているとなきたくなってきたので、「うふうふン」と、へんななきだしかただったが、はじめた。つづいて加市君が、ひゅっ[#「ひゅっ」に傍点]といきをすいこんで、「ふえーん」とうまくなきだした。
 みんなは声をそろえてないた。するとみんなは、じぶんたちのなき声の大きいのにびっくりして、じぶんたちはとりかえしのつかぬことをしてしまったと、あらためて痛切に感じるのであった。
 そして、四人はしばらくないていたが、太郎左衛門は、ひろった貝がらで、足もとの砂の上にすじをひいているばかりで、なきださないのであった。
 ないていない人のそばでないているのは、ぐあいのわるいものである。久助君はなきながら、ちょいちょい太郎左衛門の方を見て、太郎左衛門もいっしょになけばよいのにと、思った。こいつはなんというへんな、わけのわからんやつだろうと、またいつもの感を深くしたのである。
 日がまったくぼっして、世界は青くなった。最初に、久助君のなみだがきれたので、なきやんだ。すると、加市君、兵太郎君、徳一君という、なきだしとはぎゃくの順で、せみが鳴きやむようになきやんでいった。
 そのとき、太郎左衛門がこういった。
「ぼくの親せきが大野にあるからね、そこへいこう。そして電車で送ってもらおう」
 どんな小さな希望にでもすがりつきたいときだったので、みんなはすぐ立ちあがった。しかし、それをいったのが、ほかならぬ太郎左衛門であることを思うと、みんなはまた、力がぬけるのをおぼえたのである。もしこれが、だれかほかのものがいったのなら、どんなにみんなは勇気をふるいおこしたことだろう。
 やがて、大野の町にはいったとき、みんなは不安でたまらなくなったので、
「ほんとけ、太郎左衛門?」
と、なんどもきいた。そのたびに太郎左衛門は、ほんとうだよ、とこたえるのであったが、いくらそんなこたえを得ても、みんなは信じることはできなかった。
 久助君も、太郎左衛門をもはや信じなかった。――こいつは、わけのわからぬやつなのだ、みんなとはものの考えかたがまるでちがう、別の人間なのだと、思いながら、みんなにたちまじっている太郎左衛門の横顔を、するどく見ていた。すると、太郎左衛門の顔は、そっくり、きつねのように見えるのであった。
 町の中央あたりまでくると、太郎左衛門は、
「ううんと、ここだったけな」
などとひとりごとしながら、あっちの細道をのぞいたり、こっちの路地《ろじ》にはいったりした。それを見ると、ほかの四人は、ますますたよりなさを感じはじめた。また、太郎左衛門のうそなのだ。いよいよ絶望なのだ。
 しかし、まもなく太郎左衛門は、ひとつの路地からかけだしてくると、
「見つかったから、こいよ、こいよ」
と、みんなを招いたのである。
 みんなの顔に、
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