》の方へいった。縁側とざしきはあかり障子《しょうじ》でへだてられていたが、太郎左衛門が中から出てきたとき、あけっぱなしておいたところから、久助君は中をのぞくことができた。
 久助君はそこに、ひとりの黄色いしごき[#「しごき」に傍点]をした少女を見た。きっと、太郎左衛門のねえさんであろう。顔色が茶わんのように白くて、やせていた。彼女は、座敷のもうひとつおくの暗いへやから、金魚ばちほどのほや[#「ほや」に傍点]のついたランプをかた手で持ち、もう一方の手でふすまをなでながらあらわれ、座敷のすみにおいてあるつくえをさぐりあてると、その上にランプをすえた。目を大きく見ひらいているのに、手さぐりでそんなことをしているところをみると、あきめくら[#「あきめくら」に傍点]なのだろう。なんにしても異様な光景である。久助君は、いきをのんで見つめていた。
 つぎに少女は、マッチをすってランプに火を入れた。そしてつくえの前にすわると、だれもいないのに、つくえのむこう側にだれかいでもするように、
「おとうさんが、はじめての航海でフランスのマルセーユにいったとき、そこの港のうら町の小さな道具屋で見つけたランプなんですって。なんでも、ルイ十六世のころのものらしいっていってらしたわ」
と、しゃべった。久助君はぶきみになって、身じろぎもできなかった。この少女は、あきめくらであるばかりでなく、気がくるっているのだろう。
 太郎左衛門がわらいながら、「ねえさんのばかタン」と前おきして、わけを話してくれたので、なんだ、そうだったのかと、久助君は思った。太郎左衛門のねえさんは、女学校でする学芸会の練習をしていたのである。なんでもそれは、あらしの夜、ふたりの姉妹《きょうだい》が勉強をしていると、ふいに停電してしまうので、古いランプを持ち出してきてともすのだそうである。そうすると、死んだ弟やら、いぜんなくした手まりやら、雨の晩にいなくなってしまった飼い犬やらが、またふたりの姉妹のところにもどってくるという、なにがなにやらわけのわからない、ばかばかしい劇らしい。
 久助君は、そこにいる白い少女が、あきめくらでも気ちがいでもないことがわかったけれど、でもなんとなくきみがわるくて、しぜんに、目や耳は少女の方にひきつけられた。
 彼女は、つくえのむこうの、すがたも見えなければ返事もしない人に、話をしつづけていた。
「アキ坊《ぼう》ちゃんはね、死んじゃったの。もう五、六年もまえの雪のふった晩に」
 相手の人がなにかこたえているらしい。それが久助君にはきこえないが、彼女にはきこえるとみえて、耳をたてて聞いている。そしてまたいう。
「この子、死ぬってこと知らないんだわ。死ぬってね、かくれんぼうでどっかへかくれて、いつまで待っても出てこないようなもんよ」
 すがたの見えない相手がなにかいうらしい。すると彼女は、なにかおかしい返事を聞いたのだろう、とつぜんクックックッとわらいだした。そしてこのわらうのが、じぶんで満足のいくようにできないとみえて、彼女はなんどもやりなおした。「クックックッ」とか、「ウフッフッフッ」とかいって。
 久助君はもうがまんができなかった。すぐ家へ帰ってしまった。
 それからしばらく、久助君は、太郎左衛門の屋敷の門の前を通るときにはきっと、ふじの花のさいている明るい昼間だというのに、ランプをつけて学芸会の劇を練習している、色の白いぶきみな少女のことを思い出したのである。

       四

 だんだん太郎左衛門は、みんなと親しくなった。みんなは最初のうち、太郎左衛門を尊敬して、すこしいいにくかったけれど、「太郎君」とよんでいた。
 やがて太郎左衛門は、みんなといっそう親しくなって、みんなにとりかこまれ、よっぱらいのように下品にしゃべりちらしていることもあった。するとみんなは、太郎左衛門を尊敬したりするのはふさわしくないことがわかり、えんりょなく、「太郎左衛門」とよぶようになった。
 そのうちにみんなはもう、「太郎君」とも、「太郎左衛門」ともいわなくなってしまった。というのは、太郎左衛門は、つきあってもいっこうおもしろくない、つまらないやつだということが、みんなにわかってしまったからである。
 はじめから今にいたるまで、「太郎君」というれいぎ正しいよびかたをつづけている人が、ただひとりあった。それは、受け持ちの山口先生である。
 太郎左衛門がうそをつくといううわさがたちはじめたのは、そのころであった。
「あんなやつのいうことは、なんにも信用できん」
というものもあった。久助君は、そんなこともあるまいと思った。しかし、あるいはそうなのかもしれんとも思った。
 ある日、兵太郎君が五、六人のなかまにむかって、なにか一生けんめいにふんがいしていた。久助君がなんだろうと思ってき
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