だいく》のあッしは、この鋸《のこぎり》で難《なん》なく切《き》れる家尻《やじり》を五つ見《み》て来《き》ましたし、|角兵ヱ《かくべえ》は|角兵ヱ《かくべえ》でまた、足駄《あしだ》ばきで跳《と》び越《こ》えられる塀《へい》を五つ見《み》て来《き》ました。かしら、おれたちはほめて頂《いただ》きとうございます。」
と鉋太郎《かんなたろう》が意気《いき》ごんでいいました。しかしかしらは、それに答《こた》えないで、
「わしはこの仔牛《こうし》をあずけられたのだ。ところが、いまだに、取《と》りに来《こ》ないので弱《よわ》っているところだ。すまねえが、おまえら、手《て》わけして、預《あず》けていった子供《こども》を探《さが》してくれねえか。」
「かしら、あずかった仔牛《こうし》をかえすのですか。」
と|釜右ヱ門《かまえもん》が、のみこめないような顔《かお》でいいました。
「そうだ。」
「盗人《ぬすびと》でもそんなことをするのでごぜえますか。」
「それにはわけがあるのだ。これだけはかえすのだ。」
「かしら、もっとしっかり盗人根性《ぬすっとこんじょう》になって下《くだ》せえよ。」
と鉋太郎《かんなたろう》がいいました。
 かしらは苦笑《にがわら》いしながら、弟子《でし》たちにわけをこまかく話《はな》してきかせました。わけをきいて見《み》れば、みんなにはかしらの心持《こころも》ちがよくわかりました。
 そこで弟子《でし》たちは、こんどは子供《こども》をさがしにいくことになりました。
「草鞋《わらじ》をはいた、かわいらしい、七つぐれえの男坊主《おとこぼうず》なんですね。」
とねんをおして、四|人《にん》の弟子《でし》は散《ち》っていきました。かしらも、もうじっとしておれなくて、仔牛《こうし》をひきながら、さがしにいきました。
 月《つき》のあかりに、野茨《のいばら》とうつぎの白《しろ》い花《はな》がほのかに見《み》えている村《むら》の夜《よる》を、五|人《にん》の大人《おとな》の盗人《ぬすびと》が、一|匹《ぴき》の仔牛《こうし》をひきながら、子供《こども》をさがして歩《ある》いていくのでありました。
 かくれんぼのつづきで、まだあの子供《こども》がどこかにかくれているかも知《し》れないというので、盗人《ぬすびと》たちは、みみずの鳴《な》いている辻堂《つじどう》の縁《えん》の下《した》や柿《かき》の木《き》の上《うえ》や、物置《ものおき》の中《なか》や、いい匂《にお》いのする蜜柑《みかん》の木《き》のかげを探《さが》してみたのでした。人《ひと》にきいてもみたのでした。
 しかし、ついにあの子供《こども》は見《み》あたりませんでした。百姓達《ひゃくしょうたち》は提燈《ちょうちん》に火《ひ》を入《い》れて来《き》て、仔牛《こうし》をてらして見《み》たのですが、こんな仔牛《こうし》はこの辺《あた》りでは見《み》たことがないというのでした。
「かしら、こりゃ夜《よ》っぴて探《さが》してもむだらしい、もう止《よ》しましょう。」
と海老之丞《えびのじょう》がくたびれたように、道《みち》ばたの石《いし》に腰《こし》をおろしていいました。
「いや、どうしても探《さが》し出《だ》して、あの子供《こども》にかえしたいのだ。」
とかしらはききませんでした。
「もう、てだてがありませんよ。ただひとつ残《のこ》っているてだては、村役人《むらやくにん》のところへ訴《うった》えることだが、かしらもまさかあそこへは行《い》きたくないでしょう。」
と|釜右ヱ門《かまえもん》がいいました。村役人《むらやくにん》というのは、いまでいえば駐在巡査《ちゅうざいじゅんさ》のようなものであります。
「うむ、そうか。」
とかしらは考《かんが》えこみました。そしてしばらく仔牛《こうし》の頭《あたま》をなでていましたが、やがて、
「じゃ、そこへ行《い》こう。」
といいました。そしてもう歩《ある》きだしました。弟子《でし》たちはびっくりしましたが、ついていくよりしかたがありませんでした。
 たずねて村役人《むらやくにん》の家《いえ》へいくと、あらわれたのは、鼻《はな》の先《さき》に落《お》ちかかるように眼鏡《めがね》をかけた老人《ろうじん》でしたので、盗人《ぬすびと》たちはまず安心《あんしん》しました。これなら、いざというときに、つきとばして逃《に》げてしまえばいいと思《おも》ったからであります。
 かしらが、子供《こども》のことを話《はな》して、
「わしら、その子供《こども》を見失《みうしな》って困《こま》っております。」
といいました。
 老人《ろうじん》は五|人《にん》の顔《かお》を見《み》まわして、
「いっこう、このあたりで見受《みう》けぬ人《ひと》ばかりだが、どちらから参《まい》った。」
とききました。
「わしら、江戸《えど》から西《にし》の方《ほう》へいくものです。」
「まさか盗人《ぬすびと》ではあるまいの。」
「いや、とんでもない。わしらはみな旅《たび》の職人《しょくにん》です。釜師《かまし》や大工《だいく》や錠前屋《じょうまえや》などです。」
とかしらはあわてていいました。
「うむ、いや、変《へん》なことをいってすまなかった。お前達《まえたち》は盗人《ぬすびと》ではない。盗人《ぬすびと》が物《もの》をかえすわけがないでの。盗人《ぬすびと》なら、物《もの》をあずかれば、これさいわいとくすねていってしまうはずだ。いや、せっかくよい心《こころ》で、そうして届《とど》けに来《き》たのを、変《へん》なことを申《もう》してすまなかった。いや、わしは役目《やくめ》がら、人《ひと》を疑《うたが》うくせになっているのじゃ。人《ひと》を見《み》さえすれば、こいつ、かたりじゃないか、すりじゃないかと思《おも》うようなわけさ。ま、わるく思《おも》わないでくれ。」
と老人《ろうじん》はいいわけをしてあやまりました。そして、仔牛《こうし》はあずかっておくことにして、下男《げなん》に物置《ものおき》の方《ほう》へつれていかせました。
「旅《たび》で、みなさんお疲《つか》れじゃろ、わしはいまいい酒《さけ》をひとびん西《にし》の館《やかた》の太郎《たろう》どんからもらったので、月《つき》を見《み》ながら縁側《えんがわ》でやろうとしていたのじゃ。いいとこへみなさんこられた。ひとつつきあいなされ。」
 ひとの善《よ》い老人《ろうじん》はそういって、五|人《にん》の盗人《ぬすびと》を縁側《えんがわ》につれていきました。
 そこで酒《さけ》をのみはじめましたが、五|人《にん》の盗人《ぬすびと》と一人《ひとり》の村役人《むらやくにん》はすっかり、くつろいで、十|年《ねん》もまえからの知《し》り合《あ》いのように、ゆかいに笑《わら》ったり話《はな》したりしたのでありました。
 するとまた、盗人《ぬすびと》のかしらはじぶんの眼《め》が涙《なみだ》をこぼしていることに気《き》がつきました。それを見《み》た老人《ろうじん》の役人《やくにん》は、
「おまえさんは泣《な》き上戸《じょうご》と見《み》える。わしは笑《わら》い上戸《じょうご》で、泣《な》いている人《ひと》を見《み》るとよけい笑《わら》えて来《く》る。どうか悪《わる》く思《おも》わんでくだされや、笑《わら》うから。」
といって、口《くち》をあけて笑《わら》うのでした。
「いや、この、涙《なみだ》というやつは、まことにとめどなく出《で》るものだね。」
とかしらは、眼《め》をしばたきながらいいました。
 それから五|人《にん》の盗人《ぬすびと》は、お礼《れい》をいって村役人《むらやくにん》の家《いえ》を出《で》ました。
 門《もん》を出《で》て、柿《かき》の木《き》のそばまで来《く》ると、何《なに》か思《おも》い出《だ》したように、かしらが立《た》ちどまりました。
「かしら、何《なに》か忘《わす》れものでもしましたか。」
と鉋太郎《かんなたろう》がききました。
「うむ、忘《わす》れもんがある。おまえらも、いっしょにもういっぺん来《こ》い。」
といって、かしらは弟子《でし》をつれて、また役人《やくにん》の家《いえ》にはいっていきました。
「御老人《ごろうじん》。」
とかしらは縁側《えんがわ》に手《て》をついていいました。
「何《なん》だね、しんみりと。泣《な》き上戸《じょうご》のおくの手《て》が出《で》るかな。ははは。」
と老人《ろうじん》は笑《わら》いました。
「わしらはじつは盗人《ぬすびと》です。わしがかしらでこれらは弟子《でし》です。」
 それをきくと老人《ろうじん》は眼《め》をまるくしました。
「いや、びっくりなさるのはごもっともです。わしはこんなことを白状《はくじょう》するつもりじゃありませんでした。しかし御老人《ごろうじん》が心《こころ》のよいお方《かた》で、わしらをまっとうな人間《にんげん》のように信《しん》じていて下《くだ》さるのを見《み》ては、わしはもう御老人《ごろうじん》をあざむいていることができなくなりました。」
 そういって盗人《ぬすびと》のかしらは今《いま》までして来《き》たわるいことをみな白状《はくじょう》してしまいました。そしておしまいに、
「だが、これらは、昨日《きのう》わしの弟子《でし》になったばかりで、まだ何《なに》も悪《わる》いことはしておりません。お慈悲《じひ》で、どうぞ、これらだけは許《ゆる》してやって下《くだ》さい。」
といいました。

 次《つぎ》の朝《あさ》、花《はな》のき村《むら》から、釜師《かまし》と錠前屋《じょうまえや》と大工《だいく》と|角兵ヱ獅子《かくべえじし》とが、それぞれべつの方《ほう》へ出《で》ていきました。四|人《にん》はうつむきがちに、歩《ある》いていきました。かれらはかしらのことを考《かんが》えていました。よいかしらであったと思《おも》っておりました。よいかしらだから、最後《さいご》にかしらが「盗人《ぬすびと》にはもうけっしてなるな。」といったことばを、守《まも》らなければならないと思《おも》っておりました。
 |角兵ヱ《かくべえ》は川《かわ》のふちの草《くさ》の中《なか》から笛《ふえ》を拾《ひろ》ってヒャラヒャラと鳴《な》らしていきました。

       四

 こうして五|人《にん》の盗人《ぬすびと》は、改心《かいしん》したのでしたが、そのもとになったあの子供《こども》はいったい誰《だれ》だったのでしょう。花《はな》のき村《むら》の人々《ひとびと》は、村《むら》を盗人《ぬすびと》の難《なん》から救《すく》ってくれた、その子供《こども》を探《さが》して見《み》たのですが、けっきょくわからなくて、ついには、こういうことにきまりました、――それは、土橋《どばし》のたもとにむかしからある小《ちい》さい地蔵《じぞう》さんだろう。草鞋《わらじ》をはいていたというのがしょうこである。なぜなら、どういうわけか、この地蔵《じぞう》さんには村人《むらびと》たちがよく草鞋《わらじ》をあげるので、ちょうどその日《ひ》も新《あたら》しい小《ちい》さい草鞋《わらじ》が地蔵《じぞう》さんの足《あし》もとにあげられてあったのである。――というのでした。
 地蔵《じぞう》さんが草鞋《わらじ》をはいて歩《ある》いたというのは不思議《ふしぎ》なことですが、世《よ》の中《なか》にはこれくらいの不思議《ふしぎ》はあってもよいと思《おも》われます。それに、これはもうむかしのことなのですから、どうだって、いいわけです。でもこれがもしほんとうだったとすれば、花《はな》のき村《むら》の人々《ひとびと》がみな心《こころ》の善《よ》い人々《ひとびと》だったので、地蔵《じぞう》さんが盗人《ぬすびと》から救《すく》ってくれたのです。そうならば、また、村《むら》というものは、心《こころ》のよい人々《ひとびと》が住《す》まねばならぬということにもなるのであります。



底本:「ごんぎつね・夕鶴 少年少女日本文学館第十五巻」講談社
   1986(昭和61
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