んが、鐘供養《かねくよう》をしたいといい出《だ》した。大人《おとな》たちは、あまり時間《じかん》がないし、もうみんなじゅうぶん別《わか》れを惜《お》しんだのだから、鐘供養《かねくよう》はしなくてもいいだろう、といった。しかし若《わか》い尼《あま》さんは、眼鏡《めがね》をかけた顔《かお》に真剣《しんけん》な表情《ひょうじょう》をうかべて、「いいえ、自分《じぶん》の体《からだ》を熔《と》かして、爆弾《ばくだん》となってしまう鐘《かね》ですから、どうしても供養《くよう》をしてやりとうござんす。」といった。
大人《おとな》たちは、やれやれ、といった顔《かお》つきをした。みんな、庵主《あんじゅ》さんがしようのない頑固者《がんこもの》であることを知《し》っていたからだ。しかし庵主《あんじゅ》さんのいうことも道理《どうり》であった。
鐘供養《かねくよう》というのは、どんなことをするのかと思《おも》っていたら、ごんごろ鐘《がね》の前《まえ》に線香《せんこう》を立《た》てて庵主《あんじゅ》さんがお経《きょう》をあげることであった。庵主《あんじゅ》さんは、よそゆきの茶色《ちゃいろ》のけさを着《き》て、鐘《かね》のまえに立《た》つと、手《て》にもっている小《ちい》さい鉦《かね》をちーんとたたいて、お経《きょう》を読《よ》みはじめた。はじめはみんな黙《だま》ってきいていたが、少《すこ》したいくつになったので、お経《きょう》を知《し》っている大人達《おとなたち》は、庵主《あんじゅ》さんといっしょに唱《とな》え出《だ》した。何《なん》だか空気《くうき》がしめっぽくなった。まるでお葬《とむら》いのような気《き》がした。年寄《としよ》りたちはみなしわくちゃの手《て》を合《あ》わせた。
鐘供養《かねくよう》がすんで、庭師《にわし》の安《やす》さんたちが、またごんごろ鐘《がね》を吊《つ》りあげると、その下《した》へ和太郎《わたろう》さんが牛車《ぎゅうしゃ》をひきこんで、うまいぐあいに、牛車《ぎゅうしゃ》の上《うえ》にのせた。その時《とき》、黄色《きいろ》い蝶《ちょう》が一つごんごろ鐘《がね》をめぐって、土塀《どべい》の外《そと》へ消《き》えていった。
和太郎《わたろう》さんが牛《うし》を車《くるま》につけているとき、みんなはまたいろいろなことをいった。
「この鐘《かね》がなしになると、これから報恩講《ほうおんこう》のときなんかに、人《ひと》を集《あつ》めるのに困《こま》るわなア。」
といったのは、いつも真面目《まじめ》なことしか言《い》わない種《たね》さんだ。
「なあに、学校生徒《がっこうせいと》を呼《よ》んで来《き》て、ラッパを吹《ふ》かせりゃええてや。トテチテタアをきいたら、みんな、ほれ報恩講《ほうおんこう》がはじまると思《おも》って出《で》かけりゃええ。」
と答《こた》えたのは、ひょっとこづらをして見《み》せることの上手《じょうず》な松《まつ》さん。
「ほんな馬鹿《ばか》な。ラッパで爺《じい》さん婆《ばあ》さんを集《あつ》めるなどと、ほんな馬鹿《ばか》な。」
と、種《たね》さんはしかたがないように笑《わら》った。
「これでごんごろ鐘《がね》もきっと爆弾《ばくだん》になるずらが、あんがい、四郎五郎《しろごろう》さんとこの正男《まさお》さんの手《て》から敵《てき》の軍艦《ぐんかん》にぶちこまれることになるかもしれんな。」
と吉彦《よしひこ》さんがいった。四郎五郎《しろごろう》さんの家《いえ》の正男《まさお》さんは、海《うみ》の荒鷲《あらわし》の一人《ひとり》で、いま南《みなみ》の空《そら》に活躍《かつやく》していらっしゃるのだ。
「うん、そうよなあ。だが、正男《まさお》の奴《やつ》も、ごんごろ鐘《がね》でできた爆弾《ばくだん》たあ知《し》るめえ。爆弾《ばくだん》はものをいわねえでのオ。」
と無口《むくち》でがんじょうな四郎五郎《しろごろう》さんは、煙草《たばこ》をすいながらぽつりぽつり答《こた》えた。
「だが、これだけの鐘《かね》なら爆弾《ばくだん》が三つはできるだろうな。」
と、誰《だれ》かがいった。
「そうよなあ、十はできるだら。」
と誰《だれ》かが答《こた》えた。
「いや三つぐれえのもんだら。」
と、はじめの人《ひと》がいった。
「いいや、十はできるな。」
と、あとの人《ひと》が主張《しゅちょう》した。僕《ぼく》はきいていておかしくなった。爆弾《ばくだん》にも五十キロのもあれば五百キロのもあるというように、いろいろあることを、この人《ひと》たちは知《し》らないらしい。しかし僕《ぼく》にも五十キロの爆弾《ばくだん》ならいくつできるか、五百キロのならいくつできるか、ということはわからなかった。
いよいよごんごろ鐘《がね》は出発《しゅっぱつ》した。老
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