のどがかわくと、水《みず》を貰《もら》いに立《た》ち寄《よ》るから、よく知《し》っているが、家《いえ》が四|軒《けん》あるきりだ。電燈《でんとう》がないので、今《いま》でも夜《よる》はランプをともすのだ。その近所《きんじょ》には今《いま》でも狐《きつね》や狸《たぬき》がいるそうで、冬《ふゆ》の夜《よる》など、人《ひと》が便所《べんじょ》にゆくため戸外《こがい》に出《で》るときには、戸《と》をあけるまえに、まず丸太《まるた》をうちあわせたり、柱《はしら》を竹《たけ》でたたいたりして、戸口《とぐち》に来《き》ている狐《きつね》や狸《たぬき》を追《お》うのだそうだ。
お爺《じい》さんは、ごんごろ鐘《がね》の出征《しゅっせい》の日《ひ》を、一|日《にち》まちがえてしまって、ついにごんごろ鐘《がね》にお別《わか》れが出来《でき》なかったことを、たいそう残念《ざんねん》がり、口《くち》を大《おお》きくあけたまま、鐘《かね》のなくなった鐘楼《しゅろう》の方《ほう》を見《み》ていた。
「きのう、お別《わか》れだといって、あげん子供《こども》たちが、ごんごん鳴《な》らしたが、わからなかっただかね。」
と庵主《あんじゅ》さんも気《き》の毒《どく》そうにいうと、
「ああ、この頃《ごろ》は耳《みみ》の聞《き》こえる日《ひ》と聞《き》こえぬ日《ひ》があってのオ。きんの[#「きんの」に傍点]は朝《あさ》から耳《みみ》ん中《なか》で蠅《はえ》が一|匹《ぴき》ぶんぶんいってやがって、いっこう聞《き》こえんだった。」
と、お爺《じい》さんは答《こた》えるのだった。
お爺《じい》さんは息子《むすこ》さんに、町《まち》までつれていって鐘《かね》に一目《ひとめ》あわせてくれ、と頼《たの》んだが、息子《むすこ》さんは、仕事《しごと》をしなきゃならないからもうごめんだ、といって、お爺《じい》さんののった乳母車《うばぐるま》をおして、門《もん》を出《で》ていった。
僕《ぼく》たちは、しばらく、塀《へい》の外《そと》をきゅろきゅろと鳴《な》ってゆく乳母車《うばぐるま》の音《おと》をきいていた。僕《ぼく》はお爺《じい》さんの心《こころ》を思《おも》いやって、深《ふか》く同情《どうじょう》せずにはいられなかった。
それから僕《ぼく》たちの常会《じょうかい》がはじまった。するとまっさきに松男君《まつおくん》が、
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