人達《ろうじんたち》は、また仏《ほとけ》の御名《みな》を唱《とな》えながら、鐘《かね》にむかって合掌《がっしょう》した。
 鐘《かね》には吉彦《よしひこ》さんがひとりついて、町《まち》の国民学校《こくみんがっこう》の校庭《こうてい》までゆくことになっていた。そこには、近《ちか》くの村々《むらむら》からあつめられた屑鉄《くずてつ》の山《やま》があるということだった。
 ぼくたち村《むら》の子供《こども》は、見送《みおく》るつもりでしばらく鐘《かね》のうしろについていった。来《こ》さん坂《ざか》[#「来《こ》さん坂《ざか》」に傍点]もすぎたが、誰一人《だれひとり》帰《かえ》ろうとしなかった。小松山《こまつやま》のそばまで来《き》たが、まだ誰《だれ》も帰《かえ》るようすを見《み》せなかった。帰《かえ》るどころか、みんなの顔《かお》には、町《まち》まで送《おく》ってゆこう、という決意《けつい》があらわれていた。 
 しかし僕《ぼく》たちは小《ちい》さい子供《こども》はつれてゆくわけにはいかなかった。そこで松男君《まつおくん》の提案《ていあん》で、新《しん》四|年《ねん》以下《いか》の者《もの》はしんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]から村《むら》へ帰《かえ》り、新《しん》五|年《ねん》以上《いじょう》の者《もの》が、町《まち》までついてゆくことにきまった。
 しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]で、十五|人《にん》ばかりの小《ちい》さい者《もの》がうしろに残《のこ》った。ところが、そこでちょっとした争《あらそ》いが起《お》こった。新《しん》四|年《ねん》だから、帰《かえ》らねばならないはずの比良夫君《ひらおくん》が、帰《かえ》ろうとしなかったからだ。五|年《ねん》以上《いじょう》の者《もの》が、帰《かえ》れ帰《かえ》れ、というと、比良夫君《ひらおくん》はいうのだった。
「俺《おれ》あ、今《いま》四|年《ねん》だけれど、一|年《ねん》のときいっぺんすべっとる(落第《らくだい》している)で、年《とし》は五|年《ねん》とおんなじだ。」
 なるほど、それも一つのりくつである。しかし五|年《ねん》以上《いじょう》の者《もの》は、そんなりくつは通《とお》させなかった。とうとう腕《うで》ずくで解決《かいけつ》をつけることになった。
 松男君《まつおくん》が比良夫君《ひらおくん》に引
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