は進んだ。電気の時世になった」
 三番目のランプを割ったとき、巳之助はなぜか涙がうかんで来て、もうランプに狙《ねら》いを定めることができなかった。
 こうして巳之助は今までのしょうばいをやめた。それから町に出て、新しいしょうばいをはじめた。本屋になったのである。
      *
「巳之助さんは今でもまだ本屋をしている。もっとも今じゃだいぶ年とったので、息子《むすこ》が店はやっているがね」
と東一君のおじいさんは話をむすんで、冷《さ》めたお茶をすすった。巳之助さんというのは東一君のおじいさんのことなので、東一君はまじまじとおじいさんの顔を見た。いつの間にか東一君はおじいさんのまえに坐りなおして、おじいさんのひざに手をおいたりしていたのである。
「そいじゃ、残りの四十七のランプはどうした?」
と東一君はきいた。
「知らん。次の日、旅の人が見つけて持ってったかも知れない」
「そいじゃ、家にはもう一つもランプなしになっちゃった?」
「うん、ひとつもなし。この台ランプだけが残っていた」
とおじいさんは、ひるま東一君が持出したランプを見ていった。
「損しちゃったね。四十七も誰かに持ってかれちゃって」
と東一君がいった。
「うん損しちゃった。今から考えると、何もあんなことをせんでもよかったとわしも思う。岩滑新田《やなべしんでん》に電燈がひけてからでも、まだ五十ぐらいのランプはけっこう売れたんだからな。岩滑新田の南にある深谷《ふかだに》なんという小さい村じゃ、まだ今でもランプを使っているし、ほかにも、ずいぶんおそくまでランプを使っていた村は、あったのさ。しかし何しろわしもあの頃は元気がよかったんでな。思いついたら、深くも考えず、ぱっぱっとやってしまったんだ」
「馬鹿しちゃったね」
と東一君は孫だからえんりょなしにいった。
「うん、馬鹿しちゃった。しかしね、東坊――」
とおじいさんは、きせるを膝《ひざ》の上でぎゅッと握りしめていった。
「わしのやり方は少し馬鹿だったが、わしのしょうばいのやめ方は、自分でいうのもなんだが、なかなかりっぱだったと思うよ。わしの言いたいのはこうさ、日本がすすんで、自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地《いくじ》のねえことは決してしないということだ」
 東一君は黙って、ながい間おじいさんの、小さいけれど意気のあらわれた顔をながめていた。やがて、いった。
「おじいさんはえらかったんだねえ」
 そしてなつかしむように、かたわらの古いランプを見た。



底本:「新美南吉童話集」岩波文庫、岩波書店
   1996(平成8)年7月16日発行第1刷
入力:浜野智
校正:浜野智
1999年4月20日公開
2004年2月19日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全7ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング