なっては村人たちはこわがって、なかなか寄せつけることではあるまい、と巳之助は、一方では安心もしていた。
 しかし間もなく、「こんどの村会で、村に電燈を引くかどうかを決めるだげな」という噂《うわさ》をきいたときには、巳之助は脳天に一撃をくらったような気がした。強敵いよいよござんなれ、と思った。
 そこで巳之助は黙ってはいられなかった。村の人々の間に、電燈反対の意見をまくしたてた。
「電気というものは、長い線で山の奥からひっぱって来るもんだでのイ、その線をば夜中に狐《きつね》や狸《たぬき》がつたって来て、この近《きん》ぺんの田畠《たはた》を荒らすことはうけあいだね」
 こういうばかばかしいことを巳之助は、自分の馴《な》れたしょうばいを守るためにいうのであった。それをいうとき何かうしろめたい気がしたけれども。
 村会がすんで、いよいよ岩滑新田《やなべしんでん》の村にも電燈をひくことにきまったと聞かされたときにも、巳之助は脳天に一撃をくらったような気がした。こうたびたび一撃をくらってはたまらない、頭がどうかなってしまう、と思った。
 その通りであった。頭がどうかなってしまった。村会のあとで三日間、巳之助は昼間もふとんをひっかぶって寝ていた。その間に頭の調子が狂ってしまったのだ。
 巳之助は誰かを怨《うら》みたくてたまらなかった。そこで村会で議長の役をした区長さんを怨むことにした。そして区長さんを怨まねばならぬわけをいろいろ考えた。へいぜいは頭のよい人でも、しょうばいを失うかどうかというようなせとぎわでは、正しい判断をうしなうものである。とんでもない怨みを抱《いだ》くようになるものである。

 菜の花ばたの、あたたかい月夜であった。どこかの村で春祭の支度《したく》に打つ太鼓がとほとほと聞えて来た。
 巳之助は道を通ってゆかなかった。みぞの中を鼬《いたち》のように身をかがめて走ったり、藪《やぶ》の中を捨犬のようにかきわけたりしていった。他人に見られたくないとき、人はこうするものだ。
 区長さんの家には長い間やっかいになっていたので、よくその様子はわかっていた。火をつけるにいちばん都合のよいのは藁屋根《わらやね》の牛小屋であることは、もう家を出るときから考えていた。
 母屋《おもや》はもうひっそり寝しずまっていた。牛小屋もしずかだった。しずかだといって、牛は眠っているかめざめてい
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