売りにいった。
 巳之助はお金も儲《もう》かったが、それとは別に、このしょうばいがたのしかった。今まで暗かった家に、だんだん巳之助の売ったランプがともってゆくのである。暗い家に、巳之助は文明開化の明かるい火を一つ一つともしてゆくような気がした。
 巳之助はもう青年になっていた。それまでは自分の家とてはなく、区長さんのところの軒のかたむいた納屋《なや》に住ませてもらっていたのだが、小金がたまったので、自分の家もつくった。すると世話してくれる人があったのでお嫁《よめ》さんももらった。
 或《あ》るとき、よその村でランプの宣伝をしておって、「ランプの下なら畳《たたみ》の上に新聞をおいて読むことが出来るのイ」と区長さんに以前きいていたことをいうと、お客さんの一人が「ほんとかン?」とききかえしたので、嘘《うそ》のきらいな巳之助は、自分でためして見る気になり、区長さんのところから古新聞をもらって来て、ランプの下にひろげた。
 やはり区長さんのいわれたことはほんとうであった。新聞のこまかい字がランプの光で一つ一つはっきり見えた。「わしは嘘をいってしょうばいをしたことにはならない」と巳之助はひとりごとをいった。しかし巳之助は、字がランプの光ではっきり見えても何にもならなかった。字を読むことができなかったからである。
「ランプで物はよく見えるようになったが、字が読めないじゃ、まだほんとうの文明開化じゃねえ」
 そういって巳之助は、それから毎晩区長さんのところへ字を教えてもらいにいった。
 熱心だったので一年もすると、巳之助は尋常科《じんじょうか》を卒業した村人の誰にも負けないくらい読めるようになった。
 そして巳之助は書物《しょもつ》を読むことをおぼえた。

 巳之助はもう、男ざかりの大人《おとな》であった。家には子供が二人あった。「自分もこれでどうやらひとり立ちができたわけだ。まだ身を立てるというところまではいっていないけれども」と、ときどき思って見て、そのつど心に満足を覚えるのであった。
 さて或る日、巳之助がランプの芯《しん》を仕入れに大野の町へやって来ると、五、六人の人夫《にんぷ》が道のはたに穴を堀り、太い長い柱を立てているのを見た。その柱の上の方には腕のような木が二本ついていて、その腕木には白い瀬戸物のだるまさんのようなものがいくつかのっていた。こんな奇妙なものを道のわきに
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