では、あんころ餅《もち》をつくりました。農揚《のうあ》げといって、この秋のとり入れと、お米ごしらえがすっかり終わったお祝いに、どこの百姓家《ひゃくしょうや》でもそうするのです。
 松吉と杉作が、土曜の午後に、学校から帰ってくると、そのお餅を、町の克巳の家にくばっていくことになりました。これはもうきのう、お餅をつくっているときから、ふたりがおかあさんにたのんで、かたく約束しておいたことです。
 なぜなら、このことには、ふたつのよいことがありました。ひとつは、夏休みになかよしになったいとこの克巳に会えるということ、もうひとつは、あまりはっきりいいたくないのですが、おだちんをもらえることです。そしてまた、町のおじさんおばさんは、いなかの人のように、お銭《かね》のことではケチケチしません。いつも五十銭ぐらい、おだちんをくれたのです。
 おかあさんが、お餅のはいった重箱《じゅうばこ》を、風呂敷《ふろしき》につつんでいるとき、松吉は、
「ねえ、おっかさん、電車に乗ってっても、ええかん。」
 と鼻にかかる声で、ねだりました。
「なんや? 電車や? あんな近いとこまで、歩いていけんようなもんなら、もうたのまんで、やめておいてくよや。おとっつぁんに自転車でひと走りいってきてもらや、すむことだで。」
「うふん。」
 と、松吉は鼻をならしました。しかし、帰りはもらったおだちんで、電車に乗ることができると思って、わずかに心をなぐさめました。
 松吉と杉作は、ぼうしをかむらないで家を出ました。ぼうしをかむって町へいくと、町の子どもが徽章《きしょう》を見て、松吉、杉作がいなかからきたことを、さとるにちがいありません。それが、ふたりはいやだったのです。
 ふたりが八幡《はちまん》さまの石鳥居の前を通りかかると、そこで、こまを持って、ひとりでしょぼんとしていたけん坊《ぼう》が、
「杉、どこへいくで、遊ぼかよ。」
 と、声をかけました。
 杉作は、
「おれたち、町へいくんだもん。」
 と、いいました。そしてふたりは、新しい幸福にむかって進んでいく人のように、わき目もふらないですぎていきました。
 けん坊《ぼう》は、はねとばされた子ねこのような顔をして、ふたりを見送っていました。
 村を出てしまったころに、松吉は、じぶんの右手がいたんでいることに、気がつきました。見ると、重箱《じゅうばこ》が右手に持たれているのでした。
 ちょうど、うまいぐあいに、一メートルぐらいの竹切れが、道ばたに落ちていました。ふたりはその竹を、風呂敷《ふろしき》の結びめの下に通して、ふたりでさげていくことにしました。弟の杉作が先になり、兄の松吉があとになりました。こうしてふたりで持てば、重箱《じゅうばこ》はたいそう軽いのでした。うまいぐあいでした。
 ふたりはしばらく、だまっていきました。松吉はぼんやりと、考えはじめました――五十銭くれると。五十銭もくれるだろうか。でもおばさんは、きょ年もそのまえも五十銭くれたから、ことしだって、くれるだろう。五十銭くれると、それでなにを買おうか。模型《もけい》飛行機の材料――あの米屋の東一君が持っているようなのは、いくらするだろう。五十銭では買えないかなア。それとも、雑誌《ざっし》を買おうかなァ。弟は、なにがいいというかしらん……。
 松吉の、とりとめのない夢《ゆめ》は、とつぜん、
「どかァん!」
 という、とてつもない音で、ぶちやぶられました。松吉はきもをつぶして、あやうく、持っていた竹を、はなしてしまうところでした。
 そんな声をだしたのは、すぐ前を歩いている弟の杉作でした。杉作であることがわかると、松吉ははらがたってきました。
「なんだァ、あんなばかみてな声をだして。」
 すると杉作は、うしろも見ないで、こういうのでした。
「あっこの木のてっぺんに、とんび[#「とんび」に傍点]がとまったもんだん、大砲《たいほう》を一発うっただげや。」
 それでは、しかたがありません。
 また、しばらくふたりはだまっていきました。
 また松吉は、考えはじめました――克巳《かつみ》はきょう、うちにいるだろうか。おれたちの顔を見たら、どんなに喜ぶだろう。いぼはうまく、腕《うで》についたろうか。おれのいぼは、ひとつ消えてしまったけど。
 松吉は、じぶんの右手をそっと見ました。

         三

 町にはいると、ふたりは、じぶんたちが、きゅうにみすぼらしくなってしまったように思えました。
 これでは、ぼうしの徽章《きしょう》を見なくても、山家《やまが》から出てきたことがわかるでしょう。第一、町の人は、こんなふうに、魂《たましい》をぬかれたように、きょろんきょろんとあたりを見ていたり、荷馬車にぶつかりそうになって、どなりつけられたりはしません。ところが、このきょろんき
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